IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成29年(行ケ)第10032号

導電性材料の製造方法事件

訂正の許否、除くクレーム、作用機序を付加する訂正
管轄:
知財高裁
判決日:
平成29年11月7日
事件番号:
平成29年(行ケ)第10032号
キーワード:
訂正の許否、除くクレーム、作用機序を付加する訂正

第1 事案の概要


1.特許庁における手続の経緯



  1. 原告は,発明の名称を「導電性材料の製造方法,その方法により得られた導電性材料,その導電性材料を含む電子機器,発光装置,発光装置製造方法」とする発明について,設定の登録を受けた(特許第5212364号。以下,この特許を「本件特許」という。)。

  2. 被告は,本件特許の請求項1ないし20,22に対する無効審判を請求し,特許庁は,これを無効2015-800073号事件として審理した。原告は,本件特許に係る特許請求の範囲の訂正をする旨の訂正請求をした(以下「本件訂正」という。)。

  3. 特許庁は,特許第5212364号の請求項9ないし11に記載された発明についての本件訂正を認めず,前記各発明に係る特許を無効とするなどとする審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本が原告に送達された。

  4. 原告は,本件審決中,本件特許の請求項9ないし11に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。


2. 特許請求の範囲の記載



  1. 本件訂正前の・・・各請求項に係る発明を「本件発明9」などといい,併せて「本件発明」という。また,その明細書を,図面を含めて「本件明細書」という。

  2. 本件訂正後の特許請求の範囲請求項9ないし11の記載は,以下のとおりである(訂正箇所に下線を付した。)。各請求項に係る発明を「本件訂正発明9」などという。


【請求項9】導電性材料の製造方法であって,前記方法が,銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって,前記銀の粒子が,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含む方法。

【請求項10】導電性材料の製造方法であって,前記方法が,銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって,前記銀の粒子が,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させることにより,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し,それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含み,前記第2導電性材料用組成物が,沸点300℃以下の有機溶剤または水を更に含む導電性材料の製造方法。

【請求項11】・・・省略・・・

なお,本件訂正の訂正事項のうち,下記アを「訂正事項9-2」,下記イを「訂正事項10-1」という。

ア 訂正事項9-2

特許請求の範囲の請求項9において,「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し,」とあるのを,「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),」と訂正する。

イ 訂正事項10-1

特許請求の範囲の請求項10を,「導電性材料の製造方法であって,前記方法が,銀の粒子を含む第2導電性材料用組成物であって,前記銀の粒子が,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させることにより,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し,それにより発生する空隙を有する導電性材料を得ることを含み,前記第2導電性材料用組成物が,沸点300℃以下の有機溶剤または水を更に含む導電性材料の製造方法。」と訂正する(請求項10の記載を引用する,請求項11も同様に訂正する。)。

第2 裁判所の判断


1.取消事由1(訂正事項9-2の判断の誤り)について



  1. 特許請求の範囲の減縮について
    ア 訂正事項9-2は,本件訂正前の請求項9における「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し,」を,「前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し(但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く),」とするものである。したがって,本件訂正前の請求項9においては,「銀の粒子」の形状に限定がなく,融着の態様は,「互いに隣接する部分において融着」とされていたところ,本件訂正後の請求項9においては,訂正事項9-2により,「但し,銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く」と付加されたことにより,「銀の粒子」の形状が「銀フレーク」で,その融着箇所が「その端部でのみ融着している」との態様のものが除かれている。

    広辞苑第6版によれば,「フレーク」とは,「薄片」,すなわち,「うすい切れ端。うすいかけら」を意味し,「端」とは,物の末の部分,先端,中心から遠い,外に近い所,へり,ふちを意味するとされるから,「銀フレークがその端部でのみ融着している場合を除く」ことにより,少なくとも,銀フレーク,すなわち銀の薄片が,そのへりの部分でのみ融着する態様のものは除外されることになり,本件訂正後の請求項9は,本件訂正前の請求項9よりも,その範囲が減縮されるというべきである。

    イ 被告は,本件明細書において,「銀フレーク」の厚さ及び形状が特定されていないことから,「銀フレーク」の概念は不明確であり,「端部」についても,その定義が明確でなく,「銀フレーク」の「端部」として特定される領域が,「銀フレーク」の表面のどこに当たるのか一義的に特定することができないから,訂正事項9-2は不明確であると主張する。

    しかし,銀フレークの厚さ及び形状が具体的に特定されていなくても,「薄片」,「うすいかけら」を観念することは可能であり,また,「端部」の領域が定量的に示されていなくても,「中心から遠い,外に近い」部分,「へり」の部分を観念することは可能であるから,訂正事項9-2によって除かれる対象となる構成が特定されていないとはいえず,被告の主張は採用できない。

  2. 小括
    以上によれば,訂正事項9-2は,特許請求の範囲の減縮に該当するというべきであり,特許法134条の2第1項に適合しないとして請求項9に係る訂正を認めなかった本件審決には,誤りがある。


2.取消事由2(訂正事項10-1の判断の誤り)について



  1. 新規事項の追加について
    ア 本件訂正発明10においては,「前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させることにより」銀の粒子が融着することを付加する訂正がされているところ,本件審決は,本件訂正発明10における「融着」が,「前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させること」に起因して生じるものであることを明示する記載が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面にはないと判断した。

    イ 本件明細書【0020】には,「本発明の導電性材料を製造する方法において,導電性材料が形成されるメカニズムは明確ではないが,以下のように推測できる。」,「酸化剤である酸素,オゾンもしくは大気雰囲気下で,0.1μm~15μmの平均粒径を有する銀粒子を含む組成物を焼成すると,銀粒子と銀粒子の一部が局部的に酸化され,その酸化により形成した酸化銀が,銀粒子と接触する部分において,酸素を触媒的にやり取りし,酸化還元反応を繰り返す工程を経て,導電性材料が形成されると推測できる。」,「酸化剤である金属酸化物存在下で,0.1μm~15μmの平均粒径を有する銀粒子を含む組成物を焼成する場合には,既に含まれている金属酸化物が,銀粒子と接触する部分において,酸素を触媒的にやり取りし,酸化還元反応を繰り返す工程を経て,導電性材料が形成されると推測できる。」との記載があり,「酸化剤である酸素,オゾンもしくは大気雰囲気下」,「酸化剤である金属酸化物存在下」という2つの状況において,いずれも金属酸化物(酸化銀を含む)が銀粒子と接触する部分において,酸素を触媒的にやり取りし,酸化還元反応を繰り返す工程を経て,融着が生じるとの作用機序が推測できることを開示している。

    【0020】では,「銀粒子を含む組成物」を焼成の対象としており,沸点300℃以下の有機溶剤又は水を更に含む組成物が排除されることの記載も示唆もないこと,「本発明において,前記第2導電性材料用組成物は,沸点300℃以下の有機溶剤または水を更に含んでもよい。」(【0049】)との記載があることからすれば,【0020】の作用機序は,第2導電性材料用組成物が,沸点300℃以下の有機溶剤又は水を更に含む場合にも妥当すると解釈するのが自然である。

    ウ そうすると,本件訂正発明10における「融着」が「前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させること」に起因して生じるものであることを明示する記載は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面にないとはいえないから,訂正事項10-1は,新規事項の追加には当たらない。

  2. 特許請求の範囲の変更について
    ア 本件審決は,本件発明10は,値段が高い銀ナノ粒子を使用することなく導電性材料を得ることを目的とした発明であるのに対し,本件訂正発明10は,大量の酸素ガスや大量の還元性有機化合物の分解ガスを発生させることなく,導電性材料を得ることを目的とするものであり,本件訂正発明10が達成しようとする目的及び効果は,訂正事項10-1による訂正で変更されたと認められるから,訂正の前後における発明の同一性は失われており,訂正事項10-1は,実質上特許請求の範囲を変更するものであると判断した。

    イ しかし,本件明細書には,従来技術において,酸化銀等の銀化合物の微粒子を還元性有機溶剤へ分散したペースト状導電性組成物を基板上に塗布して加熱し配線を製造する方法が知られていたが,ミクロンオーダーの銀粒子を使用した場合,高い反応熱によりガスが大量発生し,不規則なボイドが形成されて導電性組成物が破壊されやすくなったり,取扱上の危険性があるという問題点があり(【0004】等),銀ナノ粒子を含む導電性組成物を用いると,銀ナノ粒子の値段が高いという問題点があったこと(【0009】,【0010】)が記載されており,本件発明は,安価かつ安定な導電性材料用組成物を用いて得られる導電性材料を製造する方法を提供することを目的とするとの記載があるのであるから(【0012】),本件発明の目的は,従来技術においてミクロンオーダーの銀粒子を使用する際にガスが大量発生することによる問題を解消するとともに,値段が高い銀ナノ粒子を使用することなく,導電性材料を製造することにあると認められる

    そして,本件発明10においては,その目的を,「銀の粒子が,0.1μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有する銀の粒子からなる」という構成,及び「第2導電性材料用組成物を,酸素,オゾン又は大気雰囲気下で150℃~320℃の範囲の温度で焼成して,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し」という構成を備えることによって達成している。

    他方,本件訂正発明10は,大量のガスを発生させることなく導電性材料を得るという目的を達成するため,「前記銀の粒子の一部を局部的に酸化させることにより,前記銀の粒子が互いに隣接する部分において融着し」という構成を備えている上,銀の粒子が,0.1μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有するものから,2.0μm~15μmの平均粒径(メジアン径)を有するものに訂正されたことにより,訂正前に比べて銀の粒子径がより大となっており,値段が高い銀ナノ粒子を使用することなく導電性材料を得るという目的及び効果について,より限定されたものとなっている

    ウ したがって,訂正事項10-1による訂正は,本件発明10が達成しようとする目的及び効果を変更するものではない。

  3. 小括
    よって,訂正事項10-1が特許法134条の2第9項で準用する126条5項及び6項に適合しないとして請求項10に係る訂正を認めなかった本件審決の判断には,誤りがある。


第3 結論


以上の次第で,本件審決を取り消すこととする。

2019年12月18日更新
エスエス国際特許事務所

判例一覧へ戻る