IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成26年(行ケ)第10254号

青果物用包装袋事件

明確性要件、実施可能要件
管轄:
知財高裁
判決日:
平成27年11月26日
事件番号:
平成26年(行ケ)第10254号
キーワード:
明確性要件、実施可能要件

第1 事案の概要


1.特許庁における手続の経緯等


本件は,原告が,被告が有する本件特許(特許第4779658号、発明の名称「青果物用包装袋及び青果物包装体」)について無効審判を請求したところ,特許庁が「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたことから,原告が,その取消しを求めた事案である。

2.特許請求の範囲の記載


特許請求の範囲の請求項1ないし3の記載は,次のとおりである。以下,本件特許に係る発明を請求項の番号に従って「本件発明1」ないし「本件発明3」といい,本件発明1ないし3を併せて「本件各発明」という。
【請求項1】フィルムを含む包装袋であり,前記包装袋に1個以上の切れ込みがあり,切れ込み1個あたりの長さL(mm)/フィルムの厚みT(mm)の比(L/T)が16以上250以下であり,Tが0.01mm以上0.1mm以下であり,青果物100gあたりの切れ込みの長さの合計が0.08mm以上17mm以下であることを特徴とする青果物用包装袋。
(注;請求項2および3の記載は省略)

第2 裁判所の判断


1.取消事由1(明確性要件に係る判断の誤り)について



  1. 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,仮に,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
    上記のとおり,特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関して,「特許を受けようとする発明が明確であること。」を要件としているが,同号の趣旨は,それに尽きるのであって,その他,発明に係る機能や作用効果を左右する要因となる事項の全てを記載することを要件としているわけではない。

  2. 発明特定事項の不足について
    ア 原告は,本件発明1の特許請求の範囲には,その構成要件を満たしていても,従来技術を下回る鮮度保持効果しか奏さない領域が含まれており,本件発明1は,発明を特定するための事項が不足している旨主張する。
    しかし,本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第1の2のとおりであり,その構成の意義は一義的に明らかであって,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすようなものではないから,原告の上記主張は理由がない。
    イ 原告は,①青果物は,種類によって特性が大きく異なるから,本件明細書に記載された実施例からは,本件発明1が鮮度保持効果を有することについての検証が不十分であること,②原告が行った実験結果によれば,種々の青果物について,本件発明1を適用しても良好な鮮度保持効果が得られないばかりか,従来技術を下回る鮮度保持効果しか得られなかったことを根拠に,本件発明1は発明を特定するための事項(鮮度保持効果を左右する要因となる事項)が不足している旨主張する。
    しかし,特許請求の範囲には,特許出願人が発明を特定するために必要と認める事項の全てを記載すればよいのであり(特許法36条5項),同条6項に規定する要件を満たす範囲で,発明特定事項として何を挙げるかは特許出願人の意思に委ねられている。そして,特許法36条6項2号の趣旨は,特許請求の範囲の記載に関して,特許を受けようとする発明が明確であることを要件とすることに尽きるのであって,発明に係る機能や作用効果を左右する要因となる事項の全てを記載することを要件としているわけではない。
    したがって,発明特定事項(鮮度保持効果を左右する要因となる事項)の不足をもって明確性要件違反をいう原告の上記主張は,理由がない。


2.取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について



  1. 特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
    そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があることを要する。

  2. 原告の主張について
    ア 原告は,本件明細書に記載された比較例は,本件特許の出願時の技術水準と比較して明らかに劣る技術に基づくものであり,当該比較例のみでは,実施例について従来技術と比較した場合の効果を認識することができない旨主張する。
    しかし,前記(1)のとおり,物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであって,明細書に記載された比較例の態様いかんにより実施可能要件の充足性が左右されるものではない。原告の上記主張は,実施可能要件に関する主張としては失当である。
    イ 原告は,本件明細書における実施例及び比較例には,湿度条件の記載がなく,これが全く考慮されていないところ,湿度条件が青果物の鮮度保持へ多大な影響を及ぼすことを熟知している当業者であれば,本件明細書に記載された実施例を見ても,鮮度保持効果の有無について認識することができず,本件発明1及び2の青果物用包装袋を作り,使用するために,湿度条件を変えて何度も鮮度保持実験をしなければならず,過度の試行錯誤が必要となる旨主張する。
    本件明細書に記載された実施例及び比較例における鮮度保持効果の検証実験は,包装袋に青果物を入れて数日間保管するというものであって,明細書に記載された保管温度や保管期間以外の条件については,当業者において,技術常識に照らして適当と考えられる条件を設定することで,特段の試行錯誤を要することなく行い得るものであると認められる。
    原告は,湿度条件の記載がないことを指摘するものの,前記(1)のとおり,特許法36条4項1号は,実施例や比較例に記載された実験を完全に同一の条件で再現し得るまでの記載を要求する趣旨の規定であるとは解されないから,湿度条件の記載がないことをもって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たさないとはいえない。


3.結論


以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとする。
2017年1月11日
エスエス国際特許事務所
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