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特許法・実用新案法 関連判決
平成26年(行ケ)第10155号

減塩醤油事件

サポート要件
管轄:
知財高裁 大合議
判決日:
平成28年10月19日
事件番号:
平成26年(行ケ)第10155号
キーワード:
サポート要件

第1 事案の概要


1.特許庁における手続の経緯


被告は,平成16年4月19日に出願され(特願2004-122603号),平成21年7月10日に特許権の設定登録がなされた特許(本件特許。特許第4340581号。発明の名称「減塩醤油類」)の特許権者である。原告は,平成25年6月27日,本件特許について無効審判請求をしたところ(無効2013-800113号),特許庁は,平成26年5月19日,「本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とする。」との審決をし,同審決謄本は,同月29日に原告に送達された。

2.本件発明の要旨


本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし5に記載された発明(本件発明。平成23年3月4日付け訂正請求(本件訂正)後のもの。)の要旨は,次のとおりである(以下,請求項の番号に応じて,例えば「本件発明1」ないし「本件発明5」などと表記する。なお、請求項2~5の記載は省略する。)。

【請求項1】食塩濃度7~9w/w%,カリウム濃度1~3.7w/w%,窒素濃度1.9~2.2w/v%であり,かつ窒素/カリウムの重量比が0.44~1.62である減塩醤油。

第2 裁判所の判断


1.取消事由1(サポート要件の判断の誤り)について



  1. 本件発明1の課題
    本件明細書の記載によれば,本件発明1が解決しようとする課題は,食塩濃度が7~9w/w%と低いにもかかわらず塩味があり,カリウム含量が増加した場合の苦みが低減でき,従来の減塩醤油の風味を改良した減塩醤油を提供することであると認められる。

  2. 課題と官能評価との関係
    本件発明1に相当する実施例(実施例1~11)は全て,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上であり,他方,本件発明1から外れるもの(比較例1~25,実施例26,27)は,塩味,苦み,総合評価のいずれかが前記の官能評価を下回っている。そうすると,本件発明1の課題における「食塩濃度が低い(7~9w/w%)にもかかわらず塩味があり,カリウム含量が増加した場合の苦みが低減でき,従来の減塩醤油の風味を改良した」とは,具体的には,「官能評価により,食塩14w/w%相当のレギュラー品(通常品)に比べ若干弱いかそれ以上の塩味であり(塩味3以上),苦みはあったとしてもわずかに感じる程度であり(苦み3以下),かつ,異味が少ないという評価(総合評価○以上)がされること」を意味するものと解される。

  3. 本件発明1についての課題解決

    ア 課題解決の範囲
    本件発明1が課題を解決できると認識できるためには,食塩濃度7~9w/w%の全範囲にわたって,カリウム濃度,窒素濃度,窒素/カリウムの重量比の各数値を,適切に組み合わせれば,他の手段を採用しなくても,上記課題が解決できると認識できることが必要である。したがって,添加することによって相乗的に塩味を増強できる,あるいは,塩味のみならず,苦みの低減,醤油感の増強などの効果もある「調味料・酸味料」を添加しない状態において,上記課題が解決できると認識できるか否かを検討する必要がある。

    1. 食塩濃度が9.0w/w%の場合について
      本件明細書の表1には,食塩濃度が9.0w/w%の場合について,多数の実施例と比較例が記載され,カリウム濃度が1.1~3.7w/w%,窒素濃度1.93~2.15w/v%,窒素/カリウムの重量比0.44~1.62の範囲内とすれば,塩味が3以上,苦みが3以下で,総合評価が○となることが記載されているから,本件発明1のうち食塩濃度が9.0w/w%の場合は,課題が解決できると認識できる。

    2. 食塩濃度が8.13~8.21w/w%の場合について
      表2には,実施例12として,食塩濃度が8.20w/w%であって,カリウム濃度2.10w/w%・・・とした減塩醤油が記載されている。
      また,表2には,実施例12に対して,90%乳酸,クエン酸・・・を添加した結果,食塩濃度が8.13~8.21w/w%となった実施例13ないし19について,無添加の実施例12と風味の比較を行い,各調味料・酸味料の添加効果を確認しており,これらの各調味料・酸味料の添加量は,塩味や苦み等について実際に影響を与える程度のものであることが理解できる。
      しかしながら,表2には,得られた減塩醤油の塩味,苦み,総合評価については何ら記載されていないため,実施例12ないし19に関する記載から,食塩濃度を9w/w%から8.13~8.21w/w%へ下げた場合に塩味の評価がどのように変化するかを推認することはできないし,調味料・酸味料を添加しない場合の塩味,苦み,総合評価はどの程度かを推認することもできない。
      したがって,食塩濃度が8.13~8.21w/w%において,調味料・酸味料を添加しない場合には,カリウム濃度を約2.10w/w%から上限値の3.7w/w%としても,・・・本件発明1の課題が解決できるものと,直ちには認識することはできない。

    3. 食塩濃度が8.32~8.50w/w%の場合について
      表3には,実施例20ないし実施例25として,食塩濃度が8.32~8.50w/w%であって,カリウム濃度1.06~2.11w/w%・・・とし、さらに複数の調味料・酸味料を加えた減塩醤油が記載され,塩味が3.5~4.5であり,苦みが1,総合評価が○又は◎であることが記載されている。
      ・・・他方,これらの調味料・酸味料が,どの程度,塩味向上や苦み減少に寄与しているのかを推認できる具体的な根拠はない。したがって,・・・調味料・酸味料を添加しない場合には,カリウム濃度を上限値の3.7w/w%としても,・・・本件発明1の課題が解決できるものと,直ちには認識することはできない。


    イ 食塩濃度の下限値である7w/w%の場合に,本件発明1の課題を解決できることを当業者が認識できるか

    1. 本件発明1が課題を解決できると認識できるといえるためには,食塩濃度7~9w/w%の全範囲にわたって,上記課題が解決できると認識できることが必要であるところ,食塩濃度が下限値の場合が,食塩による塩味を最も感じにくく,課題解決が最も困難であることは明らかであるから,食塩濃度が下限値の7w/w%である場合について検討する。

    2. 前記アのとおり,本件明細書の実施例・比較例から,食塩濃度を9.0w/w%から減少させた場合に,調味料・酸味料を添加しない状態で塩味がどの程度低下するのかを把握することはできない。
      また,本件明細書には,当業者において,カリウム濃度の増加(→3.7w/w%)による塩味の向上が,食塩濃度の減少(→7.0w/w%)による塩味の低下を補うに足りるものであることを認識するに足りる記載はないし,このことが技術常識であることを示す証拠も見当たらない。
      そうすると,本件明細書の実施例・比較例を検討しても,食塩濃度7.0w/w%の場合に,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価が得られ,本件発明1の課題を解決できることを認識することができる記載は認められない。


    ウ 小括
    以上によれば,本件発明1のうち,少なくとも食塩が7w/w%である減塩醤油について,本件出願日当時の技術常識及び本件明細書の記載から,本件発明1の課題が解決できることを当業者は認識することはできず,サポート要件を満たしているとはいえない。

  4. 審決について
    ア 審決は,カリウム濃度が上限値の3.7w/w%にある本件発明1に係る減塩醤油(実施例7,9及び11)の塩味の指標は5で,通常の醤油よりも強い塩味であるから,当業者は,食塩濃度が7w/w%台の減塩醤油の場合には,カリウム濃度を本件発明1で特定される範囲の上限値近くにすることにより,減塩醤油の塩味を強く感じさせることができると理解すると判断した。
    しかしながら,本件明細書では,調味料や酸味料を添加しない状態で食塩濃度を9w/w%から下げた場合の塩味を何ら確認しておらず,食塩濃度が7w/w%の場合の塩味がどの程度となるかに関する手がかりは全くないから,食塩濃度が7w/w%の場合にカリウム濃度を上限値近くにしたからといって,具体的な技術的裏付けをもって,塩味が3以上となり,減塩醤油の塩味を強く感じさせることを理解できるとは認められない。

    イ 審決は,「カリウム濃度」が塩味を付け,「窒素濃度」が塩味を増強し,苦みを低減させるという原理が本件明細書から読み取ることができ,食塩濃度が9w/w%において観察された現象が,食塩濃度7w/w%で観察されないという合理的な理由はないと判断した。
    しかしながら,上記原理だけから,食塩濃度を低下させた場合における具体的な塩味や苦みの程度を推測することはできないし,特定の味覚の強化,弱化が他の味覚に影響を与えずに独立して感得されるという技術的知見を示す証拠も見当たらない。本件発明の課題が解決されたというためには,本件明細書において設定した,塩味が3以上,苦みが3以下,総合評価が○以上という評価を達成しなければならないが,本件発明のうち食塩濃度が7.0w/w%の場合に,上記の評価を達成でき課題が解決できることを,本件明細書の記載から認識することはできない。

  5. 被告の主張について
    被告は,本件明細書の発明の詳細な説明に「本発明の減塩醤油類の食塩濃度は・・・7~9w/w%であることが好ましく」(【0009】)と記載され,具体的には,実施例において,数値範囲を満たす減塩醤油が,塩味が強く感じられ,味が良好であって苦みも低減されることが記載されているから,サポート要件違反はない旨主張する。
    しかしながら,本件発明のうち,当該発明の課題を解決できることを具体的に示しているのは,上記のとおり,食塩濃度が9w/w%の場合のみである。食塩濃度が7w/w%まで低下した場合の塩味や苦みを推認するための技術的な根拠が,本件明細書に記載されておらず,また,どの程度になるかということについての技術常識もない以上,【0009】の「7~9w/w%であることが好ましく」という一般的な記載のみをもって,食塩濃度の全範囲において発明の課題を解決できることについての技術的な裏付けある記載があると認めることはできない。
    したがって,被告の主張は,採用することができない。


2.結論


以上によれば,審決は違法なものとして取り消されるべきである。よって、原告の請求には理由があり、この請求を認容することとする。
2019年5月13日
エスエス国際特許事務所

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