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特許法・実用新案法 関連判決
平成26年(行ケ)第10057号

入金端末事件

補正・訂正の許否、手続違背
管轄:
判決日:
平成27年2月18日
事件番号:
平成26年(行ケ)第10057号
キーワード:
補正・訂正の許否、手続違背

第1 事案の概要


1.特許庁における審判の概要と裁判における争点


本件は、請求項を新たに追加する拒絶査定不服審判時の補正(本件補正という)が、特許法17条の2第5号各号に掲げる事項のいずれも目的とするものでないことを理由として却下された事案である。
本件補正が、特許法17条の2第5項に係る目的とするものであるか否かが主たる争点として争われた。

2.特許請求の範囲の記載



  1. 本件補正前の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「補正前発明」という。)。
    「【請求項1】
    実店舗に設置された入金端末であって,
    貨幣端末に記憶される貨幣価値の増額要求に応じて,前記貨幣端末に対して,当該貨幣端末が記憶する貨幣価値の金額を所定金額分だけ増額させる金額変更情報を送信する金額変更情報送信手段と,
    前記増額要求に応じて,複数の割引内容識別情報にそれぞれ関連づけて複数の割引内容を記憶する記憶装置から取得される前記複数の割引内容識別情報のいずれかを,入力される割引内容識別情報に基づいて前記記憶装置から取得される割引内容の適用可否を判断する前記実店舗に設置された決済端末に入力可能な形式で出力する出力手段と,
    を具備したことを特徴とする入金端末。」

  2. 本件補正後の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載は,次のとおりである(下線は補正部分を示す。以下,請求項1の発明を「補正後発明1」といい,請求項2の発明を「補正後発明2」という。)。
    「【請求項1】
    実店舗に設置された入金端末であって,
    貨幣端末に記憶される貨幣価値の増額要求に応じて,前記貨幣端末に対して,当該貨幣端末が記憶する貨幣価値の金額を所定金額分だけ増額させる金額変更情報を送信する金額変更情報送信手段と,
    前記増額要求に応じて,複数の割引内容識別情報にそれぞれ関連づけて2複数の割引内容を記憶する記憶装置から取得される前記複数の割引内容識別情報のいずれかを,入力される割引内容識別情報に基づいて前記記憶装置から取得される割引内容の適用可否を判断する前記実店舗に設置された決済端末に入力可能且つ当該決済端末が前記割引内容を特定可能な形式で出力する出力手段と,
    を具備したことを特徴とする入金端末。」
    【請求項2】
    前記記憶装置は,前記実店舗に設置されており,
    前記出力手段が出力する前記形式は,前記決済端末が特定する割引内容に関連づけられた前記割引内容識別情報であることを特徴とする請求項1に記載の入金端末。」


第2 裁判所の判断


1.原告の主張について


原告の,いわゆる増項補正が特許法17条の2第5項2号所定の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するか否かについては,請求項の数から外形的,抽象的に判断すべきではなく,補正前後の請求項の内容に基づいて,新たに審査すべき必要を生じさせるものであるか否かを個別的,具体的に検討して判断すべきであるとの主張に対しては、以下3.に示す裁判所の判断要件を提示して採用できないと判断した。

2.被告の主張について


被告が、同項の趣旨が,出願人の便宜と迅速,的確かつ公平な審査との調整の趣旨に基づき,例外的に一定の範囲に限って補正を認めたものであることに照らすと,同項2号は,補正前の請求項と補正後の請求項とが一対一の対応関係にあることを前提としているというべきであり,一対一の対応関係にないような請求項を増加させる補正は,同号かっこ書の規定に該当しないと主張したのに対して、
裁判所は、同号に該当する補正は,多くの場合,補正前の請求項の発明特定事項を限定して減縮補正することにより,補正前の請求項と補正後の請求項とが一対一の対応関係にあるようなものになることが考えられる。しかし,同号が,補正により,単に形式的に請求項の数が増加することがないという意味を含めて,補正前の請求項と補正後の請求項が一対一の対応関係にあることを定めていると解すべき根拠はないと判断した。

3.本件補正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するか否かについての裁判所の考え方


本件補正が同項2号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するものであるか否かについて裁判所は以下のように判示した。
同号は,かっこ書を含めてその要件を明確に規定しているのであるから,問題となる補正が同号の「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものに該当するといえるためには,それがいわゆる増項補正であるかどうかではなく,①特許請求の範囲の減縮であること,②補正前の請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであること,③補正前の当該請求項に記載された発明と補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であること,という要件(以下,上記各要件を単に「①の要件」のようにいう。)を満たすことが必要であり,かつそれで十分であるというべきである。

4.請求項1の補正について



  1. 請求項1に記載された「決裁端末」についてみると,補正前の請求項1においては,「決裁端末」は,それが「実店舗に設置された」ものであることと,「割引内容の適否を判断する」ものであることのみによって特定されているにすぎなかった。補正後の請求項1においては,上記特定事項に加えて,「割引内容を特定可能」という構成によっても特定されることになったものである。そうすると,請求項1の補正は,補正前の請求項には存在しなかった構成を付加するものというべきである。
    したがって,請求項1の補正は,特許法17条の2第5項2号かっこ書に規定する「補正前の請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもの」という要件(②の要件)を充足しない。

  2. 請求項2の前半の補正について
    請求項2前半の補正は,補正前の請求項1に記載された「複数の割引内容識別情報にそれぞれ関連づけて複数の割引内容を記憶する記憶装置」における「記憶装置」について,新たに追加した請求項2前半において,「前記記憶装置は,前記実店舗に設置されており」とする補正である。
    「記憶装置」は,補正前の請求項1においては,記憶される情報の内容によって特定されているのに対し,補正後の請求項2においては,記憶される情報の内容によってではなく,記憶装置が設置される場所によって特定されている。
    したがって,請求項2前半の補正は,特許法17条の2第5項2号かっこ書に規定する「補正前の請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するもの」という要件(②の要件)を充足しない。

  3. 請求項2の後半の補正について
    請求項2後半の補正は,補正前の請求項1の「形式」及びこれに係る限定を除くことになる。すなわち,「形式」が「割引内容識別情報」そのものを指すことになれば,補正後の請求項1は,補正前の請求項1における「入力される割引内容識別情報に基づいて前記記憶装置から取得される割引内容の適用可否を判断する前記実店舗に設置された決済端末に入力可能な形式で」という限定を除くことになり,特許請求の範囲を拡張することになる。
    したがって,請求項2後半の補正は,特許法17条の2第5項2号に規定する「特許請求の範囲の減縮」という要件(①の要件)を充足しない。


第3 結論


特許法17条の2第5項2号の規定に違反するとして本件補正を却下した審決の判断に誤りはなく、他の争点である進歩性、手続違背についても、審決を取り消すべき理由はないと認定し、訴えを却下した。

2015年2月25日
エスエス国際特許事務所

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