IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成25年(行ケ)第10195号

アバスチン大合議事件

特許権の存続期間延長登録出願
管轄:
判決日:
平成26年5月30日
事件番号:
平成25年(行ケ)第10195号
キーワード:
特許権の存続期間延長登録出願

第1 事案の概要


1.特許庁における手続の経緯等



  1. 原告は,発明の名称を「血管内皮細胞増殖因子アンタゴニスト」とする特許(特許第3398382号。請求項の数11。平成4年10月28日出願,平成15年2月14日設定登録。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
    原告は,平成21年12月17日,本件特許に係る発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとして,5年の存続期間の延長登録を求めて,本件特許につき特許権の存続期間延長登録の出願(以下「本件出願」という。)をしたが,平成23年1月6日付けで拒絶査定を受け,同年4月18日,拒絶査定不服審判(不服2011-8105号事件)を請求し,平成24年9月6日,手続補正を行った。特許庁は,平成25年3月5日,請求不成立の審決(以下「審決」という。)をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。

  2. 平成24年9月6日付け手続補正後における延長登録の理由となる処分(以下「本件処分」という場合がある。)の内容及び本件出願の理由は,以下のとおりである。
    ア 延長登録の理由となる処分;薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
    イ 処分を特定する番号;承認番号 21900AMX00910000
    ウ 処分の対象となったもの
    販売名 アバスチン点滴静注用100mg/4mL
    一般名 ベバシズマブ(遺伝子組換え)
    (以下,上記販売名及び一般名で特定される医薬品を「本件医薬品」という。)
    エ 処分の対象となったものについて特定された用途
    「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌に対する他の抗悪性腫瘍剤との併用における,成人への,ベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)での,投与間隔3週間以上の点滴静脈内注射」
    オ 処分を受けた日;平成21年9月18日
    カ 政令で定める処分を受けた物が特許請求の範囲に記載されていること
    請求項1に記載の抗hVEGF抗体が処分を受けたベバシズマブ(遺伝子組換え)である。

  3. 本件医薬品については,本件処分に先立って,平成19年4月18日付けで以下の医薬品製造販売承認(以下「本件先行処分」という。)がされている。本件処分は,本件先行処分の製造販売承認事項一部変更承認であり,主な変更事項は,「用法及び用量」に新たな用法・用量を追加した点にある。
    ア 処分の根拠;薬事法14条1項
    イ 承認番号;21900AMX00910000
    ウ 効能又は効果;「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」
    エ 用法及び用量;他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人には,ベバシズマブとして 1回5mg/kg(体重)又は10mg/kg(体重)を点滴静脈内投与する。投与間隔は2週間 以上とする。


2.特許請求の範囲


本件特許の特許請求の範囲は,以下のとおりである(以下,請求項1ないし11に係る発明を順に「本件特許発明1」ないし「本件特許発明11」といい,これらをまとめて「本件特許発明」という。)。
【請求項1】抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニストを治療有効量含有する,癌を治療するための組成物。
(以下省略)

3.審決の要旨


特許法67条の3第1項1号の判断において,「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品その物の製造販売等の行為ととらえるのではなく,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(以下「発明特定事項に該当する事項」という。)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるのが適切である。そして,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」を備えた先行医薬品についての処分(先行処分)が存在する場合には,特許発明のうち,処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,先行処分によって実施できるようになっていたといえ,同号の拒絶理由が生じる。

本件特許発明1は,「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」を有効成分とし,「癌」の治療を用途とする医薬の発明である。

本件処分は,一般名が「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」,効能・効果が「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」に係る医薬品を対象とするものである。「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」は,本件特許発明1の有効成分である「抗VEGF抗体であるhVEGFアンタゴニスト」に該当し,「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」は,本件特許発明1の用途における治療対象である「癌」に該当する。

これに対し,本件先行処分は,一般名が「ベバシズマブ(遺伝子組換え)」,効能・効果が「治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌」に係る医薬品を対象とするものであり,本件処分の対象となった医薬品と同じ「発明特定事項に該当する事項」を備えた医薬品を対象とするものである。そうすると,本件特許発明1のうち,本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,本件先行処分によって実施できるようになっていたといえる。

本件特許発明2ないし11は,いずれも本件特許発明1をさらに限定した発明であり,本件特許発明2ないし11のうち本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」によって特定される範囲は,本件特許発明1のうち本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項に該当する事項」で特定される範囲に包含されるか又は一致するものであり,本件先行処分によって実施できるようになっていたといえる。

以上のとおり,本件特許発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められず,本件出願は同法67条の3第1項1号に該当し,特許権の存続期間の延長登録を受けることができない。

第2 裁判所の判断


1.特許法67条の3第1項1号該当性判断の誤り(取消事由1)について



  1. 特許発明の存続期間の延長登録制度の趣旨
    特許法は,67条1項において,特許権の存続期間を特許出願の日から20年と定めるが,同時に,同条2項において,その特許発明の実施について政令で定めるものを受けることが必要であるために,その特許発明の実施をすることができない期間があったときは,5年を限度として,その存続期間の延長をすることができると定めて,特許権の存続期間の延長登録制度を設けた。
    ・・・(省略)・・・
    このように,特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許発明を実施する意思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許権者に対して,「政令で定める処分」を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為について,当該「政令で定める処分」を受けるために必要であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図った制度であるということができる。

  2. 特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について
    特許権の存続期間の延長登録の出願を拒絶すべきとした審決の判断の当否を検討するに当たっては,拒絶すべきとの査定(審決)の要件を規定した根拠法規である特許法67条の3第1項1号の要件適合性を判断することにより結論を導くべきである。
    そこで,上記の特許権の存続期間の延長登録制度の趣旨に照らし,同法67条の3第1項1号の規定を検討すると,「その特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であった」との事実が存在するといえるためには,①「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除されたこと(例えば,先行処分を受けたことによって既に禁止が解除されていると評価判断できないこと等),及び,②「政令で定める処分」によって禁止が解除された当該行為が「その特許発明の実施」に該当する行為(例えば,物の発明にあっては,その物を生産等する行為)に含まれることが前提となり,その両者が成立することが必要であるといえる。
    以上の点を前提に整理する。同法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するための要件として規定されているから,審査官(審判官)が,当該出願を拒絶するためには,①「政令で定める処分を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」(第1要件),又は,②「『政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された行為』が『その特許発明の実施に該当する行為』には含まれないこと」(第2要件)のいずれかを選択的に論証することが必要となる。

  3. 医薬品の製造販売等についての承認について
    薬事法14条1項は,医薬品,医薬部外品,一定の化粧品又は医療機器の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を,同条9項は,同条1項の承認を受けた者が,当該品目について,承認された事項の一部を変更しようとするときは,その変更について厚生労働大臣の承認を受けなければならない旨を規定している。医薬品に係る同条1項の承認及び同条9項の承認は,特許法67条2項の政令で定める処分に該当する(特許法施行令3条)。
    薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製造販売についての承認は,品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるものとされている(同条2項3号)。・・・同法14条1項又は9項に基づく承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって特定された医薬品の製造販売等の行為である。

  4. 特許法67条の3第1項1号所定の要件充足性の判断について
    前記第1要件の有無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要である。
    上記の観点から,・・・医薬品の成分を対象とする特許については,薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除される「特許発明の実施」の範囲は,上記審査事項のうち「名称」,「副作用その他の品質」や「有効性及び安全性に関する事項」を除いた事項(成分,分量,用法,用量,効能,効果)によって特定される医薬品の製造販売等の行為であると解するのが相当である。

  5. 本件事案について
    本件特許発明は,医薬品の成分を対象とする発明であるが,その医薬品に関連する製造販売等の行為について本件先行処分がされている。そこで,本件先行処分により禁止が解除されたと判断される範囲と本件処分により禁止が解除されたと判断される範囲との関係について,上記(4)の観点を踏まえて検討する。
    本件先行処分では,「他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射する。投与間隔は3週間以上とする。」との用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為の禁止は解除されておらず,本件処分によってこれが解除されたのであるから,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,前記第1要件を充足していないことは,明らかである。
    また,本件処分により禁止が解除された,上記用法・用量によって特定される使用方法による本件医薬品の使用行為,及び上記使用方法で使用されることを前提とした本件医薬品の製造販売等の行為が本件特許発明の実施行為に該当することは,当事者間に争いはなく,本件処分については,延長登録出願を拒絶するための前記の選択的要件のうち,前記第2要件を充足していないことも,明らかである。
    以上のとおりであり,本件においては,「本件処分を受けたことによって本件特許発明の実施行為の禁止が解除されたとはいえない」とはいえず,特許法67条の3第1項1号の定める,拒絶要件があるとはいえない。

  6. 被告の主張について
    被告は,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」は,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によって特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえることが妥当であると主張する。
    被告の主張は,当該処分(先行処分を含む。)の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定された範囲について,当該処分によって製造販売等の禁止の解除がされたとする趣旨を主張するものと理解されるが,同主張は,以下のとおり,採用することはできない。

    ア 被告の主張は,特許請求の範囲に構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項は, 特許発明の技術的思想とはおよそ無関係な事項と扱われるべきであるとの前提に立つものと解される。 しかし,特許請求の範囲における構成要件(発明特定事項)は,特許発明の技術的範囲(専有権の範 囲)を画する目的で,出願人により選択,記載されるものであって,構成要件(発明特定事項)とし て記載されていない事項は,構成要件(発明特定事項)により限定するまでもなく,広い範囲で特許 発明の技術的思想が成り立つことを意味し,その結果,広い特許発明の技術的範囲が専有権の対象と なるが,構成要件(発明特定事項)として記載されていない事項が,直ちに特許発明の技術的思想と 無関係であることを意味するものではない。

    イ 特許権の存続期間の延長登録の制度は,特許権者に対して,研究開発に要した費用を回収することができない等の不利益を解消し,研究開発のためのインセンティブを高めるとの趣旨から,特許法において設けられた制度であり,特許法は,そのような趣旨を実現する目的から,「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」という要件を拒絶のための要件として規定し,審査官(審判官)が,延長登録出願を拒絶するためにはどのような内容を論証の対象とするかを明確にしたものである。

    これを薬事法14条1項又は9項に基づく医薬品を対象とした処分に限ってみても,同処分によって禁止が解除されるのは,前記説示のとおり,承認書に記載された「成分,分量,用法,用量,効能,効果」によって特定される医薬品の製造販売等の行為に限られるのであり,それを超えた特許発明の発明特定事項に該当する事項によって特定される医薬品の製造販売等の行為の全てではないことは,同法14条1項又は9項の規定から明らかである。

    本件についてみれば,・・・本件処分では,本件処分で追加された用法・用量(他の抗悪性腫瘍剤との併用において,通常,成人にはベバシズマブとして1回7.5mg/kg(体重)を点滴静脈内注射し,投与間隔は3週間以上とする。)についての上記各行為の禁止が解除されたのであり,本件処分によって初めて,XELOX療法とベバシズマブ療法との併用療法のための本件医薬品の販売等が可能となったものである。したがって,本件特許発明については,本件処分によって,初めて上記の範囲で禁止が解除されたのであるから,本件出願は,特許法67条の3第1項1号には該当しないことは明らかである。

    このような延長制度の趣旨及び要件規定の文言の規定振りに照らすならば,同号における「特許発明の実施」は,具体的な医薬品の製造販売等の承認処分の内容ではなく,医薬品の承認書に記載された事項のうち,特許発明の発明特定事項と重複する事項によってのみ特定される医薬品の製造販売等の行為ととらえるべきであるとする被告の主張を採用することはできない。

  7. 以上のとおり,本件出願が,特許法67条の3第1項1号に該当するとして,特許権の存続期間の延長登録を受けることができないとした審決の判断には,誤りがあるから,その余の点を判断するまでもなく,審決は取り消されるべきである。


2.特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について


特許法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲については,本来,特許権侵害訴訟において判断されるべき論点であるが,念のため,以下のとおり検討を加える。

  1. 特許法68条の2の趣旨について
    特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。この規定は,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物に使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)」についてのみ及ぶ旨を定めている。

  2. 特許法68条の2の「政令で定める処分の対象となった物」及び「用途」に係る特許発明の実施行為の範囲について
    ア 「政令で定める処分」が薬事法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「効能,効果」が審査事項とされ(薬事法14条1項,2項,9項),「効能,効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,特許法68条の2括弧書きの「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。

    イ 特許権の延長登録制度及び特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係るものとして,「成分(有効成分に限らない。)」によって特定され,かつ,「用途」に係るものとして,「効能,効果」及び「用法,用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当である。

    ウ 上記のように解した場合,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲と,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲とは,常に一致するわけではない。しかし,先行処分を理由として存続期間が延長された特許権の効力がどの範囲まで及ぶかという点は,特許発明の実施に政令で定める処分を受けることが必要であったか否かとの点と,直接的に関係するものでない以上,それぞれの範囲が一致しないことに,不合理な点はないというべきである。なお,政令で定める処分を受けることによって禁止が解除された特許発明の実施が,先行処分に基づき存続期間が延長された当該特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲に含まれるような場合は,重複して延長の効果が生じ得ることとなる。後行処分による延長期間が先行処分による延長期間より長い場合には,これに対応する期間,当該特許権の存続期間が延長されるが,当該期間については,当該特許発明の実施が禁止されていた部分があることに照らすと,上記のように解することに何ら不合理な点はない。


2015年5月25日
エスエス国際特許事務所

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