IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成25年(ネ)第10051号

オフセット輪転機版胴事件

損害額、特許法102条1項
管轄:
判決日:
平成27年11月19日
事件番号:
平成25年(ネ)第10051号
キーワード:
損害額、特許法102条1項

第1 事案の概要

1.

本件は,控訴人が,①被控訴人において,被告製品1(装置)を製造,販売等する行為は,控訴人の有する,発明の名称を「印刷物の品質管理装置及び印刷機」とする特許権(特許番号第3790490号。本件特許権1)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品1の製造,販売等の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,被告製品1の廃棄を求め,併せて,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条3項)に基づき,被告製品1の製造,販売等に関する損害額の一部として500万円の支払を求め,②被控訴人が被告製品2(版胴)を製造,販売等した行為は,控訴人の有していた,発明の名称を「オフセット輪転機版胴」とする特許権(特許番号第2137621号。本件特許権2)を侵害する行為であると主張し,被控訴人に対し,損害賠償請求権(民法709条,特許法102条1項ないし3項)に基づき,被告製品2の製造,販売等に関する損害額の一部として2億4000万円の支払を求めた事案である。
原判決は,①被告製品1は,本件特許権1に係る特許(本件特許1)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明1)の技術的範囲に属しないから,被控訴人が被告製品1を製造,販売等する行為は,本件特許権1の侵害行為に該当せず,②被告製品2は,本件特許権2に係る特許(本件特許2)の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(本件発明2)の技術的範囲に属するが,本件特許2は,特許無効審判により無効にされるべきものと認められるから,控訴人は,被控訴人に対し,本件特許2に係る権利を行使することはできない(特許法104条の3)として,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人が,原判決を不服として控訴したものである。
控訴人は,本件特許2の請求項1について,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正審判を請求し,訂正明細書のとおり訂正すること(以下「本件訂正」という。)を認める旨の審決が確定した。

2.前提事実


  1. 特許請求の範囲の記載
    本件訂正後の本件特許2に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(下線部は訂正部分である。以下,本件訂正後の請求項1に記載の発明を「本件訂正発明2」といい,本件訂正後の本件明細書2を「本件訂正明細書2」という。)。
    『版を装着して使用するオフセット輪転機版胴において,前記版胴の表面層をクロムメッキ又は耐食鋼で形成し,該版胴の表面粗さRmaxを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整したことを特徴とするオフセット輪転機版胴。』
  2. 被控訴人らの行為
    被控訴人は,本件特許2の存続期間中に,業として,以下の行為を行った。
    ア 被控訴人は,平成20年12月,株式会社Aから,オフセット輪転機2セットを受注し,Aの摂津工場内に,平成22年8月及び平成23年2月各1セットずつ納入した(以下,納入された輪転機を「被告輪転機2(1)」といい,その部品として販売納入された版胴を「被告製品2(1)」という。)。

    イ 被控訴人は,平成22年9月頃,株式会社Bから,Bの八潮工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(2)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同年10月までに,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(2)」という。)。

    ウ 被控訴人は,平成22年10月頃,株式会社Bから,Bの千葉工場内に設置されたオフセット輪転機2セット(以下,同輪転機を「被告輪転機2(3)」という。)の各版胴にヘアライン加工を施す工事を受注し,同月,同工事を施工した(以下,加工された版胴を「被告製品2(3)」という。)。」

第2 裁判所の判断


1.本件特許権2の侵害に基づく損害額について


  1. 被告製品2(2)及び(3)についての特許法102条1項の適用の可否

    ア 被告製品2(2)及び(3)に係る被控訴人の行為は,前記のとおり,顧客先の輪転機に既存の版胴に対するヘアライン加工を受注し,同工事を施工したというものであるところ,控訴人は,被告製品2(2)及び(3)が既存版胴に対する加工というより安価な侵害態様であっても,特許権者の製品の販売機会が喪失する以上,特許法102条1項が適用されるとして,被告製品2(2)及び(3)を譲渡数量に含めた損害額の算定を主張するのに対し,被控訴人は,被告製品2(2)及び(3)については,「譲渡」ではなく,「生産」の実施行為があっただけであるから,これらについて同項の適用はない旨主張する。

    イ 製品について加工や部材の交換をする行為であっても,当該製品の属性,特許発明の内容,加工及び部材の交換の態様のほか,取引の実情等も総合考慮して,その行為によって特許製品を新たに作り出すものと認められるときは,特許製品の「生産」(特許法2条3項1号)として,侵害行為に当たると解するのが相当である。
    本件訂正発明2は,前記のとおり,オフセット輪転機の版胴に関する発明であり,版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整することによって,版と版胴間の摩擦係数を増加させ,これにより版ずれトラブルを防止するというものである。
    そして,被控訴人が,被告製品2(2)及び(3)に対して施工した版胴表面のヘアライン加工は,金属(版胴)の表面を一定方向に研磨することで連続的な髪の毛のように細かい線の傷をつける加工であり,表面粗さRmaxが加工前は6.0μmよりも小さい値であったのを,加工後は約10μmに調整するものであるから,上記加工は,版胴の表面粗さを6.0μm≦Rmax≦100μmに調整した本件訂正発明2に係る版胴を新たに作り出す行為であると認められる。
    したがって,被控訴人の被告製品2(2)及び(3)に係る行為は,特許法2条3項1号の「生産」に当たるというべきである。

    ウ また,被控訴人は,顧客から被告製品2(2)及び(3)に対するヘアライン加工を有償で受注し,上記のとおり,ヘアライン加工の施工により本件訂正発明2の版胴を新たに作り出し,これを顧客に納入していることにより,控訴人の販売機会を喪失させたことになるから,被告製品2(2)及び(3)についても,特許法102条1項を適用することができるというべきである。
  2. 特許法102条1項に基づく損害額について

    ア 特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,同項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定し,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,従前オールオアナッシング的な認定にならざるを得なかったことから,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
    特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。また,「単位数量当たりの利益額」は,特許権者等の製品の販売価格から製造原価及び製品の販売数量に応じて増加する変動経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
    さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が立証責任を負い,かかる事情の存在が立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものであるが,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情を対象とし,例えば,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴),市場の非同一性(価格,販売形態)などの事情がこれに該当するというべきである。


    イ 実施能力について
    特許法102条1項は,前記のとおり、譲渡数量に特許権者等の製品の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施能力の限度で損害額と推定するものであるが,特許権者等の実施能力は,侵害行為の行われた期間に現実に存在していなくても,侵害行為の行われた期間又はこれに近接する時期において,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して供給し得る潜在的能力が認められれば足りると解すべきである。
    ・・・本件侵害行為の当時,控訴人には,侵害行為がなければ生じたであろう製品の追加需要に対応して控訴人製品を供給し得る能力があったものと認められる。


    ウ 「販売することができないとする事情」の有無
    a 被控訴人は,「販売することができないとする事情」として,①控訴人製品は被控訴人製の輪転機に用いる版胴との代替可能性がないこと,②版胴単体での取引が想定されないこと(他社製の輪転機向けの版胴単体での取引が想定されないこと,控訴人製の版胴と被控訴人製の版胴との間には機械的互換性がないこと,顧客の負担額に鑑みれば,控訴人製品をあえて購入した現実的可能性がないこと),③競合メーカーが存在すること,④本件訂正発明2は版胴需要喚起への寄与がないか又は著しく低いこと等を主張する。

    b 控訴人において,輪転機の販売を伴わない版胴取引を行った例があることに加え,証拠及び弁論の全趣旨によれば,他社においても,インターネットホームページに,版胴単体の取引の申込みを行っている例があり,また,被控訴人においても,被告輪転機2(2)及び(3)の増設工事に伴い,輪転機の販売を伴わない版胴取引を行っていることが認められることからすれば,輪転機の販売を伴わない版胴単体での取引がおよそ想定されないものであるとは認められない。
    しかし,・・・①本件訂正発明2のほかに,版ずれトラブルを解決するのに一定の効果がある手段(版胴表面粗さRmaxを1.0μm≦Rmax<6.0μmに調整すること)が存したこと,被控訴人は,被告製品2(2)及び(3)の加工当時,控訴人に次ぐシェアを有する輪転機メーカーであり,顧客から,技術力や営業力を評価されていたこと,③版胴は,輪転機の印刷部を構成する多数の部品の一つであり,被告輪転機2(2)及び(3)にあえて控訴人製品を導入することについては時間と費用がかかるところ,被控訴人が被告製品2(2)について工事の発注を受けたのは平成22年9月頃,被告製品2(3)についての工事の発注を受けたのは同年10月頃であり,本件特許2の存続期間は平成23年3月26日までであるにもかかわらず,控訴人が,被告輪転機2(2)及び(3)に導入する控訴人製品を製造,販売しようとすれば,実際に版胴を製造し,これを顧客に引き渡すまでには長期間を要すること,④被控訴人が被告製品2(2)及び(3)に対してヘアライン加工を施したことによる顧客の負担額・・・に対し,被告輪転機2(2)及び(3)に,控訴人製品を導入する場合には,・・・高額の費用を要することが認められる。
    これらの事実を総合考慮すれば,被告製品2(2)及び(3)について,その譲渡数量の4分の3に相当する数量については,控訴人が販売することができない事情があるというべきである。

2.結論

以上の次第で,控訴人の本訴請求のうち,本件特許権1の侵害に基づく請求はいずれも理由がないから,これを棄却し,本件特許権2の侵害に基づく請求は,被控訴人に対し,8799万0088円及びこれに対する平成23年7月9日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は理由がないから,棄却すべきである。


2016年8月15日
エスエス国際特許事務所
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