IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成24年(行ケ)第10405号

殺菌消毒液の製造方法事件

手続違背、新規性
管轄:
判決日:
平成25年10月16日
事件番号:
平成24年(行ケ)第10405号
キーワード:
手続違背、新規性

第1 事案の概要


1.特許庁における手続の経緯等


原告は,発明の名称を「殺菌消毒液の製造方法」とする発明について、特許出願(特願2005-218755号。以下「本願」という。)をしたが,拒絶査定を受けたので,これに対する不服の審判を請求し,特許庁は,この審判を,不服2009-21966号事件として審理した。
この審理において,特許庁は,平成24年7月18日付けで拒絶理由通知(最後)を行い(以下「本件拒絶理由通知」という。),原告は,本願の特許請求の範囲について手続補正を行った(以下「本件補正」という。)ところ,特許庁は、本件補正後の本願について、「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし、審決の謄本を原告に送達した。

2.特許請求の範囲


本件補正後の本願の特許請求の範囲における請求項1の記載は次のとおりである(この発明を,以下「本願発明」という。)。
【請求項1】
ジクロロイソシアヌール酸ナトリウム,次亜塩素酸ナトリウム,高度サラシ粉,クロラミンTの群より選ばれた塩素剤の水溶液に,炭酸水或は炭酸ガスを混入した後に,クエン酸,リンゴ酸,酒石酸,マレイン酸,コハク酸,シュウ酸,グリコール酸,酢酸,塩酸,硫酸,硝酸,硫酸水素ナトリウム,スルファミン酸,リン酸より選ばれる少なくとも一種の酸性物質の水溶液を溶解してpH調整を行うようにし,かつ,前記炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmであることを特徴とする希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法。

3.審決の理由


要するに,本願発明は,本願出願日前に頒布された刊行物である国際公開第2004/098657号公報(以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と,以下の点で一致し,相違点を有しないから,特許法29条1項3号の規定により特許を受けることができないというものである。
「次亜塩素酸ナトリウムの水溶液に,炭酸ガスを混入した後に,塩酸の水溶液を溶解してpH調整を行うようにした希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法」。

第2 原告の主張

(注)取消事由2および3については省略

1.取消事由1(本願発明認定の誤り)


審決は,本願発明の「前記炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmである」という発明特定事項(以下「遊離炭酸濃度の特定事項」ということがある。)における「前記炭酸水」とは,「炭酸水或は炭酸ガスを混入し」における「炭酸水」を意味すると解されるから,上記特定事項は,炭酸源として「炭酸ガス」を選択する態様について特定するものではないと認定した。
しかしながら,「炭酸ガス」を次亜塩素酸ナトリウムの水溶液に混入した後には,同水溶液中に炭酸水が生じていることになるという技術常識からすれば,あらかじめ水に炭酸ガスを混合して製造した「炭酸水」を塩素剤の水溶液に混入するか,あるいは「炭酸ガス」を塩素剤の水溶液に直接混入するかは,塩素剤の水溶液に「遊離炭酸(溶存炭酸ガス)」を存在させるために同等に作用する技術手段と認識されるべきである。
したがって,遊離炭酸濃度の特定事項は,「炭酸水」を混入する場合でも「炭酸ガス」を混入する場合でも等しく当てはまると解するべきであり,これに反する審決の認定は,技術常識や本願発明の技術思想に反し,誤りである。

2.取消事由4(手続違背)


審決は,本願発明が刊行物1に記載された発明であると認定判断したが,かかる拒絶理由は原告に通知されておらず,審決は,特許法159条2項の準用する同法50条に違反してされたものである。
本件補正前の本願の請求項2に係る発明(以下「補正前発明2」という。下記参照。)と本願発明は,実質的に同一の発明であり,補正前発明2は,本件補正前の本願の請求項1に係る発明(以下「補正前発明1」という。下記参照。)の発明特定事項に加え,遊離炭酸濃度の特定事項をその発明特定事項とするものであった。本件拒絶理由通知は,補正前発明1について新規性を欠くとしたが,仮に,補正前発明2について,炭酸源が炭酸ガスの場合には遊離炭酸濃度の特定事項は捨象されると解釈するのであれば,補正前発明2についても新規性欠如の拒絶理由が通知されるはずである。
しかしながら,本件拒絶理由通知においては,補正前発明2について新規性を欠くとの拒絶理由は通知されず,引用発明との間に,「炭酸水の遊離炭酸濃度が,本願発明では「100ppm~3000ppm」であるのに対し,引用発明では,そのような特定がされていない点」との相違点(以下「相違点4」という。)があることを前提に,進歩性を欠くとの拒絶理由が通知された。
以上によれば,本願発明は刊行物1に記載された発明であるから新規性を欠くとの審決の判断は,本件拒絶理由通知の内容からはおよそ予測できないものであるから,特許法159条2項の「査定の理由と異なる拒絶の理由」に当たるというべきである。それにもかかわらず,審決が,新たな拒絶理由通知を行うことなく,本願発明が上記の理由で新規性を欠くと判断したのは,同項が準用する特許法50条に反するものであり,審決には,出願人の防御権を侵害した違法があり,取り消されるべきである。

【請求項1】(補正前発明1)
少なくとも,ジクロロイソシアヌール酸ナトリウム,次亜塩素酸ナトリウム,高度サラシ粉,クロラミンTの群より選ばれ,好ましくは次亜塩素酸ナトリウムの水溶液を,炭酸水或は炭酸ガスで希釈した後に,少なくとも,クエン酸,リンゴ酸,酒石酸,マレイン酸,コハク酸,シュウ酸,グリコール酸,酢酸,塩酸,硫酸,硝酸,硫酸水素ナトリウム,スルファミン酸,リン酸より選ばれる少なくとも一種の酸性物質,好ましくは希塩酸水溶液を溶解してpH調整を行うようにしたことを特徴とする希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法。

【請求項2】(補正前発明2)
前記炭酸水の遊離炭酸濃度は100ppm~3000ppmであることを特徴とする請求項1に記載の希釈用濃縮殺菌消毒液の製造方法。

第3 裁判所の判断


1.取消事由1について


本願発明の特許請求の範囲の記載によれば,遊離炭酸濃度の特定事項における「炭酸水」は「前記」のものであるとされる以上,その記載に先立って記載された「炭酸水或は炭酸ガス」における「炭酸水」を意味することは明らかであるから,遊離炭酸濃度の特定事項は,炭酸源として炭酸ガスを用いる場合を特定するものではないと認められ,これと同旨の審決の本願発明の認定に誤りはない。
原告の指摘するとおり,炭酸源として炭酸水を混入することも炭酸ガスを混入することも,塩素剤水溶液に遊離炭酸を存在させるために同等に作用する技術手段であるとしても,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸水についてのものであると解されるのは上記のとおりであり,「前記炭酸水」が,塩素剤水溶液に炭酸ガスを混入後の当該水溶液を指すものではないことは,文言上明らかである。
原告は,遊離炭酸濃度の特定事項は,本願発明の課題の解決のために不可欠であるから,炭酸源として炭酸ガスを混入する場合にも当てはまると主張する。しかしながら,本願明細書には,・・・遊離炭酸濃度の特定事項それ自体がpH安定効果にどのように寄与するのかを明らかにする記載はないし,そもそも,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸源として炭酸水を用いる場合のみを特定するものであることは,上記のとおり一義的に明確であるから,本願発明の認定に当たり,本願明細書中の発明の詳細な説明の記載を参酌する余地はないというべきである。
よって,取消事由1に係る原告の主張は理由がない。

2.取消事由4について



  1. 本願についての手続の経過に照らすと,本願発明が引用発明と一致し相違点を有しないから新規性を欠如するとの拒絶理由は,拒絶査定において示されていないから,特許法159条2項の「査定の理由と異なる拒絶の理由」に当たる。そして,本願発明は,実質的には補正前発明2に当たるところ,補正前発明2については,本件拒絶理由通知においては進歩性を欠如するとの拒絶理由が通知されていたものの,補正前発明1とは異なり,引用発明と差異はないから新規性を欠如するとの拒絶理由が通知されたとは認められない。
    この点,本願発明の請求項の記載に照らして,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸源として炭酸水を用いる場合のみに係ることが一義的に明確であると解されることは前記1のとおりであるから,補正前発明1について新規性を欠くとする本件拒絶理由通知によって,炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が,実質的には通知されていたと評価する余地もないわけではない。
    しかしながら,本件拒絶理由通知は,あえて補正前発明1についてのみ,引用発明と差異がないとの拒絶理由を通知し,補正前発明2については,相違点4等が存在することを理由に,進歩性を欠くとの拒絶理由のみを通知したにすぎないから,出願人である原告において,本件拒絶理由通知によって,補正前発明2のうち炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することは困難であったと考えられる。
    そうすると,審決は,かかる拒絶の理由を通知することなく行った点で,特許法159条1項の準用する同法50条の規定に違反したものであるといわざるを得ず,出願人の防御権を保障し,手続の適正を確保するという観点からすれば,かかる手続違背は,審決の結論に影響を及ぼすものというべきである。

  2. 被告は,①補正前発明1と本願発明とは,炭酸源として炭酸ガスを選択する態様において同一であり,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸ガスを混入する場合を特定するものではないことは自明であるから,本件拒絶理由通知によって,補正前発明1のうちかかる態様について新規性を欠くとの拒絶理由が通知されている以上,本願発明のうちかかる態様についても,実質的に,新規性を欠くとの拒絶理由が通知されている,②補正前発明2は炭酸源を炭酸水に限定するものであり,炭酸ガスを選択する態様を含むものではないから,補正前発明2について新規性を欠くとの拒絶理由が通知されていないのは不自然ではない,と主張する。
    しかるに,補正前発明2は,補正前発明1の全ての特徴を含んだ上で,遊離炭酸濃度の特定事項を付加するものであるから,補正前発明2の炭酸源が炭酸水に限られ,炭酸ガスを選択する態様を含まないと解することはできない。なお,審判合議体が,補正前発明2の炭酸源が炭酸水のみならず炭酸ガスを含むことを前提としていたことは,審決の「本件補正…は,特許請求の範囲について,補正前の請求項1を削除し,補正前の請求項2の項番を請求項1とする…ものである」との記載からも明らかである。
    そして,本件拒絶理由通知によって,補正前発明2のうち炭酸源として炭酸ガスを選択する態様については引用発明と同一であるとの拒絶理由が示されていることを認識することが困難であることは,前述したとおりである。
    なお,遊離炭酸濃度の特定事項が炭酸ガスを選択する態様を特定するものではない以上,本件拒絶理由通知においては,補正前発明2についても,補正前発明1と同様,引用発明と差異がないとの拒絶理由が通知されるべきであったのであり,本件拒絶理由通知は,理由は定かではないものの,これを看過していたといわざるを得ない。これによる不利益を出願人である原告に帰せしめることは,出願人の防御権を保障し,手続の適正を確保するという観点からは,相当ではないといわざるを得ない。
    よって,被告の上記主張を採用することはできない。


3.結論


以上のとおりであり,取消事由4は理由があり,審決には取り消すべき違法がある。よって,審決を取り消す。
2013年11月5日
エスエス国際特許事務所

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