IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成24年(行ケ)第10241号

医療用ゴム栓組成物事件

進歩性
管轄:
判決日:
平成25年3月21日
事件番号:
平成24年(行ケ)第10241号
キーワード:
進歩性

第1 事案の概要


本件は,原告が,名称を「医療用ゴム栓組成物」とする特許出願(特願2005-238059号)につき拒絶査定を受け,これに対する不服審判の請求(不服2011-5681号)をし,その中で特許請求の範囲等の変更の補正(本件補正)をしたが,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を受けたことから,その審決の取消しを求めた事案である。

第2 本願発明の要旨


本件補正後の請求項1(補正発明)は以下のとおりである(下線は補正箇所)。
「質量平均分子量が30万~50万であるスチレン-エチレン・ブチレン-スチレンブロック 共重合体(以下「SEBS」と称する。)100質量部に対して,軟化剤160~200質量 部,ポリプロピレン15~40質量部を配合した組成物であって,該組成物のJIS K 62 53Aに規定する硬さが30~45であることを特徴とする医療用ゴム栓組成物。」

第3 審決の理由の要点


1.引用発明について


刊行物1(特開2001-258991号公報)には,実質的に次の発明(引用発明)が記載されていることが認められる。
「重量平均分子量が20万~40万であるSEBS100部に対して,パラフィン系オイル50~300部,ポリオレフィン樹脂10~50部を配合した組成物であって,該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である医療用薬液用瓶若しくは袋の針刺し止栓の針刺部分。」

2.補正発明と引用発明との一致点と相違点


【一致点】
「SEBSに対して,軟化剤,ポリオレフィンを配合した組成物である医療用ゴム栓組成物。」【相違点】(注:実際の相違点2については省略)
① SEBSの質量平均分子量が,補正発明は「30万~50万」であるのに対し,引用発 明は「20万~40万」である点。
② SEBS100質量部に対する,軟化剤とポリオレフィンの配合量が,補正発明はそれ ぞれ,160~200質量部,15~40質量部であるのに対し,引用発明は,それぞれ50 ~300質量部,10~50質量部である点。
③ JIS K 6253Aに規定する硬さが,補正発明は,30~45であるのに対し,引 用発明は20~70である点。

3.相違点①~③について


相違点①~③において,補正発明の数値範囲は,引用発明の数値範囲と一部の範囲で重複・一致しているか,すべて引用発明に含まれる範囲である。そして,高分子材料の平均分子量が,その材料の物性値に影響することは当業者にとって自明であり,軟化剤の配合量,ポリオレフィンの配合量が,得られる組成物の硬さを調整するものであることは当業者にとって自明であり,その硬さが針の保持性,針刺性,液漏れ性に影響することも当業者にとっては自明である。
そうすると,所望の性質を得るため,その分子量を適宜選択すること、最適な硬さの組成物を得るため,軟化剤とポリオレフィンの配合量を適宜選択すること,その硬さ範囲を最適な数値に設定することは,数値範囲の最適化のための当業者の通常の創作能力の発揮である。また,補正発明の数値限定条件範囲において,補正発明が,格別に顕著かつ臨界的に優れた作用・効果を奏するものともいえない。そして,補正発明による効果も,引用発明から当業者が予測し得た程度のものであって,格別のものとはいえない。
したがって,補正発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるので,特許法29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができない。

第4 裁判所の判断


1.刊行物1から認定すべき発明について


刊行物1に記載された発明の構成は,針刺部分を射出成形金型のキャビティ内に隙間を有して載置し,止栓本体の材料を射出成形金型と針刺部分とで区画された隙間を除いたキャビティに射出して成形した針刺し止栓であるところ,この針刺し止栓の針刺部分が補正発明に係る医療用ゴム栓組成物に相当する。そして,補正発明は,医療用ゴム栓組成物について,その組成と組成物の硬さを発明特定事項とするものであるから,刊行物1において補正発明と対比すべき発明は,刊行物1に記載された技術的事項から,針刺部分の組成及びその硬さについて抽出した「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジエンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジエンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー100部に対して,パラフィン系オイルを50~300部,及びポリオレフィン樹脂を10~50部配合した組成物であって,当該組成物のJIS(DURO)のA硬度が20~70である針刺し止栓の針刺部分組成物」となる。
審決が認定した引用発明における「重量平均分子量が20万~40万であるSEBS」は,上記認定の構成「重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジエンブロック共重合体の水素添加物であって前記共役ジエンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上であるベースポリマー」に包含されるものではあるが,刊行物1に記載された発明が十分な液漏れ性能等の確保といった目的を達成するためには,止栓本体の成形時に針刺部分を針の針刺方向に撓ませて成形されたものであることが必要と解されるのに対し,補正発明では針刺部分を撓ませることは前提とされていないという点で技術思想が異なるものであり,このような差違を考慮しないまま上記認定の構成に包含されるからといって,その中の特定の構成を引用発明として認定するのは相当ではない。

2.補正発明と刊行物1に記載の構成物の対比


補正発明の医療用ゴム栓組成物は,質量平均分子量が30万~50万であるSEBSをベースポリマーとする組成物であるのに対し,刊行物1における上記ベースポリマーは,重量平均分子量で15万以上のスチレン・共役ジエンブロック共重合体の水素添加物であって共役ジエンがイソプレン及びブタジエンから選択される1種以上のものであるから,両者は少なくともベースポリマーの成分で相違する部分がある。

3.相違点についての判断


刊行物1に記載の針刺部分組成物は,当該組成物から得た針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することが,液漏れのない針刺し止栓を得るために必要であるのに対し,補正発明の構成物は,ゴム栓組成物の成形物が針の針刺方向に撓ませて止栓本体と一体化して成形されていなくとも,特許請求の範囲で特定された組成及び硬さを有するものであれば,使用時に液漏れを生じないものとして発明されたものである。具体的には,本願明細書で実施例1ないし3及び比較例1ないし5として記載された8種のゴム栓組成物は,いずれも刊行物1において補正発明と対比すべき発明に係る針刺し止栓の針刺部分の組成及び硬さを満たすものであるところ,刊行物1の記載によれば,これら8種の組成物を使用して製造した針刺部分は,これを針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形する構成を伴うことにより,液漏れが生じない針刺し止栓を得ることができる。一方,本願明細書の記載によれば,これら8種の組成物の中で,実施例として記載の3種の組成物,ひいては特許請求の範囲に記載されたベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに硬さに特定された組成物のみが,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができるというものである。
そうすると,補正発明は,当裁判所が認定した刊行物1に記載の上記組成物におけるベースポリマーの種類及び分子量,軟化剤及びポリプロピレンの配合量,並びに組成物の硬さを特定の範囲に限定することにより,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形するという手法を用いなくとも,液漏れのない医療用ゴム栓を得ることができる効果を見出したものということができる。
そして,針刺部分を針の針刺方向に撓ませて針刺し止栓を成形することを液漏れのない針刺し止栓を得るために必要とする刊行物1記載の針刺部分組成物のベースポリマーの種類及び分子量,パラフィン系オイル及びポリオレフィンの配合量,並びに硬さの範囲の中から,針刺部分を針の針刺方向に撓ませることが不要な特定の組成を見出すという発想は,刊行物1の記載から見出すことができず,刊行物1に記載の事項と補正発明とでは前提とする技術的思想が異なるものである。すなわち,補正発明の構成は,前記の技術的課題からの発想に伴うものであり,そのような発想である技術的思想が上記のとおり刊行物1には記載も示唆もない以上,そのような発想と離れた組成物が刊行物1に記載されているとしても,そこに,補正発明の構成が容易想到であると認めるまでの発明としての構成が記載されているということはできない。
審決は,補正発明の技術的課題と刊行物1に記載の技術的課題の対比を誤り,補正発明と対比すべき技術的思想がないのに刊行物1に記載の事項を漫然と抽出して補正発明と対比すべき引用発明として認定した誤りがあり,ひいては補正発明を刊行物1に記載の引用発明から容易に想到しうるものと誤って判断したものというべきである。

第5 結論


以上によれば,審決には引用発明の認定に誤りがあり,この誤りは結論に影響を及ぼすものである。よって,原告の請求を認容することとして,審決を取り消す。
2013 年 5 月 15 日
エスエス国際特許事務所
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