IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成23年(行ケ)第10121号

樹脂封止型半導体装置の製造方法事件

進歩性
管轄:
判決日:
平成24年1月31日
事件番号:
平成23年(行ケ)第10121号
キーワード:
進歩性

1.事案の概要


本件は、原告が、特願2006-140995号について拒絶査定を受け、これに対する不服審判の請求(不服2009-3734号)をしたが、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受けたことから、その審決の取消しを求めた事案である。なお、原告は、審判請求時(平成21年2月19日)に手続補正をし(補正後の発明の名称「樹脂封止型半導体装置の製造方法」)、さらに、平成23年1月24日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をしている。

2.本願発明


本件補正後の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は、以下のとおりである。
【請求項1】
(a)上面と、前記上面に設けられた複数の半導体チップ搭載領域と、前記上面とは反対側の下面とを有するマトリクス基板を準備する工程、
(b)複数の半導体チップを前記複数の半導体チップ搭載領域に、それぞれ搭載する工程、
(c)前記複数の半導体チップのそれぞれと前記マトリクス基板に形成された前記複数の第1パッドとを、複数のワイヤで接続する工程、
(d)前記複数の半導体チップおよび前記複数のワイヤを樹脂で封止する工程、
(e)前記複数の半導体チップのうちの互いに隣り合う領域における前記マトリクス基板および前記樹脂を切断し、複数の樹脂封止型半導体装置を取得する工程、
を含み、
取得された前記複数の樹脂封止型半導体装置のそれぞれは、分割された前記マトリクス基板の前記下面に、複数の第2パッドと、複数の配線と、アドレス情報パターンとを有し、
分割された前記マトリクス基板の前記上面は、前記樹脂で覆われており、
前記複数の配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成され、
前記アドレス情報パターンは、前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており、
前記アドレス情報パターンは、前記(b)工程に先立ち、形成されていることを特徴とする樹脂封止型半導体装置の製造方法。

3.審決の理由



  1. 要するに、本願発明は、特開平11-74296号(以下「引用文献」といい、引用文献に記載された発明を「引用発明」という。)及び、特開平7-335510号公報(以下「周知例1」という。)、特開平5-3227号公報(以下「周知例2」という。)、特開平5-218600号公報(以下「周知例3」という。)等に記載されたような周知技術に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項により特許を受けることができないとするものである。

  2. 相違点
    ア 相違点1
    本願発明では、分割されたマトリクス基板の下面に、複数の配線を有し、前記複数の配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているのに対し、引用発明では、本願発明の「第2パッド」に相当する「接続領域104」は有しているものの、複数の配線を有し、前記配線は、前記複数の第2パッドのそれぞれと一体に形成されているかどうかについては、不明な点。
    イ 相違点2
    本願発明では、分割された前記マトリクス基板の前記下面に、アドレス情報パターンを有し、前記アドレス情報パターンは、前記複数の第2パッドおよび前記複数の配線を除く領域に形成されており、前記アドレス情報パターンは、前記(b)工程に先立ち、形成されているのに対し、引用発明では、このような構成は備えていない点。


4.裁判所の判断



  1. 当該発明が、発明の進歩性を有しないこと(すなわち、容易に発明をすることができたこと)を立証するに当たっては、公平かつ客観的な立証を担保する観点から、次のような論証が求められる。すなわち、当該発明と、これに最も近似する公知発明(主引用発明)とを対比した上、当該発明の引用発明との相違点に係る技術的構成を確定させ、次いで、主たる引用発明から出発して、これに他の公知技術(副引用発明)を組み合わせることによって、当該発明の相違点に係る技術的構成に至ることが容易であるとの立証を尽くしたといえるか否かによって、判断することが実務上行われている。
    この場合に、主引用発明及び副引用発明の技術内容は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定・確定されるべきであって、引用文献に記載された技術内容を抽象化したり、一般化したり、上位概念化したりすることは、恣意的な判断を容れるおそれが生じるため、許されないものといえる。そのような評価は、当該発明の容易想到性の有無を判断する最終過程において、総合的な価値判断をする際に、初めて許容される余地があるというべきである。
    ところで、当業者の技術常識ないし周知技術についても、主張、立証をすることなく当然の前提とされるものではなく、裁判手続(審査、審判手続も含む。)において、証明されることにより、初めて判断の基礎とされる。他方、当業者の技術常識ないし周知技術は、必ずしも、常に特定の引用文献に記載されているわけではないため、立証に困難を伴う場合は、少なくない。しかし、当業者の技術常識ないし周知技術の主張、立証に当たっては、そのような困難な実情が存在するからといって、
    ①当業者の技術常識ないし周知技術の認定、確定に当たって、特定の引用文献の具体的な記載から離れて、抽象化、一般化ないし上位概念化することが、当然に許容されるわけではなく、また、②特定の公知文献に記載されている公知技術について、主張、立証を尽くすことなく、当業者の技術常識ないし周知技術であるかのように扱うことが、当然に許容されるわけではなく、さらに、③主引用発明に副引用発明を組み合わせることによって、当該発明の相違点に係る技術的構成に到達することが容易であるか否という上記の判断構造を省略して、容易であるとの結論を導くことが、当然に許容されるわけではないことはいうまでもない。

  2. 上記観点に照らすならば、被告の主張は、次の理由から採用することができない。
    すなわち、引用発明は、その解決課題を、「基板と、集積回路を形成し、該基板の1つの領域に取り付けられるチップと、該チップを該基板の1つの面に位置する外部電気接続領域に接続する電気接続手段と、封止容器と、をそれぞれに含む複数の半導体パッケージの製作の効率化」とする発明にすぎず、
    引用発明には、配線基板上にマトリクス状に搭載した複数の半導体チップを一括して樹脂封止した後、この配線基板を分割することによって複数の樹脂封止型半導体装置を製造する、樹脂封止型半導体装置の製造方法において、配線基板の上面に複数の半導体チップを搭載する工程を前提として、これを樹脂封止する工程に先立って、上記配線基板の下面のパッド及び配線を除く領域にアドレス情報パターンを形成するとの構成を採用することにより、上記アドレス情報パターンをカメラ、顕微鏡、目視等で認識することができ、個々の樹脂封止型半導体装置が元の配線基板のどの位置にあったかを配線基板の分割後においても容易に認識することができること、依頼メーカーの標準仕様(既存)の金型を使用する場合にも適用することができるため、樹脂封止型半導体装置の製造コストを低減することができる
    という本願発明の解決課題及びその解決手段についての開示ないし示唆は、存在しない。
    したがって、被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して、個々の製品を製造する場合に、分割前の素材に、素材の機能に影響を与えない箇所に記号等を表示しておき、製品となった後に、その記号等を利用して分割前の場所に起因する不良解析を行う」との技術が、周知技術又は当業者の技術常識であるか否かにかかわらず、引用発明を起点として、周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であるとはいえない。
    のみならず、被告の主張に係る「製造工程において素材あるいは製品を分割して、・・・不良解析を行う」との技術が、周知例1ないし3の具体的な記載内容を超えて、技術内容を抽象化ないし上位概念化することなく、当然に周知技術又は当業者の技術常識であると認定することもできない。さらに、周知例1ないし3には、本願発明の相違点2に係る構成を採用することによる解決課題及び解決手段に係る事項についての記載も示唆もない。
    そうである以上、引用発明を起点として、周知技術を適用することによって本願発明に至ることが容易であると解することはできない。

  3. 以上によれば、相違点2に係る構成について、引用発明に周知例1ないし3に記載されたような周知技術を適用することにより、容易に想到することができたとの審決の判断には誤りがある。


2012年9月25日
エスエス国際特許事務所

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