IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成22年(行ケ)第10351号

液体吸収性廃棄物袋事件

進歩性
管轄:
判決日:
平成23年9月28日
事件番号:
平成22年(行ケ)第10351号
キーワード:
進歩性

1.事案の概要


本件は、原告が、発明の名称を「臭気中和化および液体吸収性廃棄物袋」とする特許出願(特願2000-582314号)につき拒絶査定を受け、これに対する不服の審判を請求したが、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受けたことから、その審決の取消しを求めた事案である。

2.本願発明


【請求項1】
飲食物廃棄物の処分のための容器であって、飲食物廃棄物を受け入れるための開口を規定し、かつ内表面および外表面を有する液体不透過性壁と、前記液体不透過性壁の前記内表面に隣接して配置された吸収材と、前記吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーとを備え、前記容器は前記吸収材上に被着された効果的な量の臭気中和組成物を持つ、
飲食物廃棄物の処分のための容器。

3.審決の理由



  1. 要するに、本願発明は、刊行物1(実願昭62-152931号(実開平1-58507号)のマイクロフィルム)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断した。

  2. 引用発明の内容
    生ゴミを処理するためのゴミ入れ袋であって、生ゴミを受け入れるための開口を有し、かつ内面と外面を有するプラスチック袋と、前記プラスチック袋の前記内面に被覆された吸水性ポリマー層に練り込まれた抗菌性ゼオライトを有する、生ゴミを収納するためのゴミ入れ袋。

  3. 相違点
    ア 相違点1
    本願発明は、吸収材に隣接して配置された液体透過性ライナーを備えているのに対し、引用発明は、液体透過性ライナーを備えていない点。
    イ 相違点2
    容器は吸収材に保持された効果的な量の臭気中和組成物を持つ点について、本願発明は、臭気中和組成物が吸収材上に被着されているのに対し、引用発明は、臭気中和組成物である抗菌性ゼオライトが、吸収材に練り込まれている点。


4.裁判所の判断



  1. 審決において、特許法29条2項が定める要件の充足性の有無、すなわち、当業者が、先行技術に基づいて、出願に係る発明を容易に想到することができたか否かを判断するに当たっては、客観的であり、かつ判断が適切であったかを事後に検証することが可能な手法でされることが求められる。そのため、通常は、先行技術たる特定の発明(主たる引用発明)から出発して、先行技術たる別の発明等(従たる引用発明ないし文献に記載された周知の技術等)を適用することによって、出願に係る発明の主たる引用発明に対する特徴点(主たる引用発明と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準としてされる例が多い。
    他方、審決が判断の基礎とした出願に係る発明の「特徴点」は、審決が選択、採用した特定の発明(主たる引用発明)と対比して、どのような技術的な相違があるかを検討した結果として導かれるものであって、絶対的なものではない。発明の「特徴点」は、そのような相対的な性質を有するものであるが、発明は、課題を解決するためにされるものであるから、当該発明の「特徴点」を把握するに当たっては、当該発明が目的とした解決課題及び解決方法という観点から、当該発明と主たる引用発明との相違に着目して、的確に把握することは、必要不可欠といえる。
    その上で、容易想到であるか否かを判断するに当たり、「『主たる引用発明』に『従たる引用発明』や『文献に記載された周知の技術』等を適用することによって、前記相違点に係る構成に到達することが容易であった」との立証命題が成立するか否かを検証することが必要となるが、その前提として、従たる引用発明等の内容についても、適切に把握することが不可欠となる。
    もっとも、「従たる引用発明等」は、出願前に公知でありさえすれば足りるのであって、周知であることまでが求められるものではない。しかし、実務上、特定の技術が周知であるとすることにより、「主たる引用発明に、特定の技術を適用して、前記相違点に係る構成に到達することが容易である」との立証命題についての検証を省く事例も散見される。特定の被術が「周知である」ということは、上記の立証命題の成否に関する判断過程において、特定の文献に記載、開示された技術内容を上位概念化したり、抽象化したりすることを許容することを意味するものではなく、また、特定の文献に開示された周知技術の示す具体的な解決課題及び解決方法を捨象して結論を導くことを、当然に許容することを意味するものでもない。
    本件についてこれをみると、審決は、「主たる引用発明」に「従たる引用発明等」を適用することによって、容易想到性を判断したものではなく、「特定の引用発明」のみを基礎として、これに特定の技術事項が周知であることによって、本願発明と引用発明との相違点に係る構成は、容易に想到することができるとの結論を導いたものである。
    そこで、本件において、このような審決の理由づけをしたことの適否について、上記の観点をも踏まえた上で検討する。

  2. 相違点1について
    審決は、「液体不透過性壁のない表面に隣接して吸収材が配置されたシート状部材において、その吸収材に隣接して液透過性のライナーを配置すること(周知事項1)」は、周知事項と認定した上で、「してみると、引用例における吸収剤である吸水性ポリマー層に隣接して、液透過性のライナーを配置することは、当業者が容易になし得たことである。」と記載するが、その理由は示されておらず、審決のこの記載には、以下のとおり理由不備ないし判断の誤りがある。
    確かに、周知例1ないし5には、液透過性のライナーが、吸収材に隣接して配置された技術が記載されている。
    しかし、そのような技術事項が記載されているからといって、本件において、「引用発明を起点として、上記の技術事項を適用することにより、本願発明の相違点1に係る構成に到達することが容易である」との立証命題について、引用発明の内容、本願発明の特徴、相違点の技術的意義、すなわち「液透過性のライナーが、吸収材に隣接して配置された技術」の有する機能、目的ないし解決課題、解決方法等を捨象して、「その吸収材に隣接して液透過性のライナーを配置する」技術一般について、一様に周知であるとして、当然に上記命題が成り立つとの結論を導くことは、妥当を欠く。
    (中略)
    引用発明は、「吸水性ポリマー層」が吸収材として用いられ、プラスチック袋の内面に「被覆」されたものであること、「吸水性ポリマー層」はプラスチック袋と一体化されていること等から、その被覆された形状及び態様は、安定的に維持されている(少なくとも安定的に維持されることを目的として形成されている)と解されること、引用発明の吸収材は、基材シート上に配置された吸収材の形状等を維持しなければならない課題はないと解されることに照らすならば、吸収材の形状等を維持する等の目的のために、刊行物1に記載も示唆もない「液透過性のライナー」を、あえて配置する動機付けは存在しない。
    そうすると、本願発明における相違点1に係る構成について、引用発明を起点として、周知事項1を適用することにより当業者が容易になし得たということはできず、相違点1に関する審決の容易想到性に関する判断は誤りである。

  3. 相違点2について
    審決は、本願発明の引用発明との相違点2に係る構成について、「吸収材にゼオライト等の臭気中和組成物を保持させるのに、その組成物を吸収材上に被着させて行うこと(周知事項2)」は、周知事項と認定した上で、「してみると、引用発明の抗菌性ゼオライトを吸収材上に被着することは当業者が容易になし得たことである。」と述べるのみであって、その理由は示していない。
    しかし、審決のこの点の判断には、以下のとおりの誤りがある。
    (中略)
    刊行物1には、臭気中和組成物である抗菌性ゼオライトは吸収材に練り込まれていることが記載され、「練り込むこと」に解決課題があること及び「練り込むこと」に代えて、他の態様を選択することを示唆する何らの記載もない。
    そこで、引用発明において、抗菌性ゼオライトを吸水性ポリマーに「練り込むこと」に代えて、吸水性ポリマー層の上に「被着」する態様を選択したことを想定すると、当業者であれば、かえって、吸収材表面から抗菌性ゼオライトの粉体が脱落するとの問題が発生するものと理解する。そうだとすると、引用発明の「練り込むこと」に代えて、問題の生じる可能性のある態様を選択することは、特段の事情のない限り、回避されるべき手段であると解するのが相当である。審決は、何らの理由を示すこともなく、当然に容易であるとの結論を導いた点において、誤りがある。
    そうすると、本願発明における相違点2に係る構成について、引用発明を起点として、周知事項2を適用することにより当業者が容易になし得たということはできず、相違点2に関する審決の容易想到性に関する判断は誤りである。

  4. 結論
    以上によれば、原告主張の取消事由は理由がある。よって、審決を取り消すこととする。


2011年11月14日
エスエス国際特許事務所
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