IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成22年(行ケ)第10298号

逆転洗濯方法事件

手続違背、進歩性
管轄:
判決日:
平成23年10月4日
事件番号:
平成22年(行ケ)第10298号
キーワード:
手続違背、進歩性

第1事案の概要


本件は、原告が、名称を「逆転洗濯方法および伝動機」とする発明について、特許出願(特願2003-536518号)をしたが、拒絶査定を受けたので、拒絶査定不服審判(不服2008-21115号)を請求するとともに、本件補正を行ったところ、特許庁が、拒絶理由を通知することなく本件補正を却下するとともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。

第2本願発明の要旨


本件補正後の請求項1に係る発明(以下「補正発明」という。)は、以下のとおりである。
【請求項1】
駆動力入力端と2つの駆動力出力端とを含み、前記駆動力出力端の一方が、攪拌器軸(10)に接続されており、前記攪拌器軸をある方向に回転させ、前記駆動力出力端の他方が、中空の内槽軸(11)に接続されており、前記中空の内槽軸を別の方向に回転させ、駆動力入力を2つの駆動力出力に変換する歯車箱(13)を含む、双方向駆動を生じさせるための洗濯機での使用に適した伝動機構であって、前記歯車箱が、その上端壁および下端壁にそれぞれ軸孔を備えており、前記中空の内槽軸が、前記上端壁に設けられた前記軸孔を通って延在し、かつ、前記歯車箱内に回転可能に設置されており、二対の歯車軸(29、16)が、前記歯車箱の前記上端壁と下端壁にそれぞれ形成された歯車軸孔に設置されており、二対の歯車部(15、28)が、前記二対の歯車軸にそれぞれ設置されており、かつ、互いにかみ合っており、前記攪拌器軸が、前記中空の内槽軸の内側に中心を共有して設置され、かつ、その中で回転し、前記攪拌器軸の下端が、前記中空の内槽軸の下端を超えて延在しており、前記攪拌器軸(10)の前記下端に設置された外歯車(30)が、前記二対の歯車部の一方(15)とかみ合っており、前記中空の内槽軸(11)の前記下端に設置された外歯車(12)が、前記二対の歯車部の他方(28)とかみ合っており、主駆動軸(20)が、前記歯車箱の内側に設置されており、その下端が、前記歯車箱の前記下端壁の前記軸孔を貫通し、かつ、下方および外側へ延在しており、前記主駆動軸(20)の上端に設置された外歯車(24)が、前記二対の歯車部の前記一方(15)とかみ合っていることを特徴とする伝動機構。

第3裁判所の判断


1.取消事由1(審判手続の法令違背)について



  1. 原告は、審決が、拒絶査定における引用文献と異なる引用文献を用いて、補正発明の進歩性を否定したものであり、原告には、拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由について意見書を提出する機会が与えられなかったから、審判手続には特許法159条2項で準用する同法50条の規定に違反する瑕疵があり、当該瑕疵は審決の結論に影響を及ぼす違法なものであると主張する。

  2. まず、本件の経過をみるに、審査での拒絶査定で示されたのは刊行物1(特開昭59-171588号公報)及び公知文献等であったのに対し、本件補正後に審判で示された審尋書で、刊行物1のほか、新たに刊行物2(実願昭61-179182号(実開昭63-85495号)のマイクロフィルム)および他の公知文献等を提示して拒絶すべきものとする前置報告書の内容が原告に示され、・・・原告はこれに対して、本件補正は独立特許要件を充足すること、また、補正案を示して更に請求項1を補正する機会を与えてほしいことなどを内容とする回答書を提出したが、そのまま審決に至ったというにある。

  3. 本件補正は、平成6年法17条の2第1項3号に該当する拒絶査定不服審判請求日から30日以内に行う補正であるから、いわゆる「独立特許要件」を充足する必要がある。
    一方、同法53条は、同法17条の2第1項2号に係る補正が、同条3項から第5項までの規定に違反している場合には、決定をもってその補正を却下すべきものとし、同条は拒絶査定不服審判に準用される。また、同法50条ただし書は、拒絶査定をする場合であっても、補正の却下をするときは、拒絶理由を通知する必要はないものとし、同条ただし書は拒絶査定不服審判に準用される。したがって、拒絶査定不服審判請求に際して行われた補正については、いわゆる新規事項の追加に該当する場合や補正の目的に反する場合だけでなく、新規性、進歩性等の独立特許要件を欠く場合であっても、これを却下すべきこととされ、その場合、拒絶理由を通知することは必要とされていない。
    ところで、平成6年法50条本文は、拒絶査定をしようとする場合は、出願人に対し拒絶の理由を通知し、相当の期間を指定して意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し、同法17条の2第1項1号に基づき、出願人には指定された期間内に補正をする機会が与えられ、これらの規定は、拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合にも準用される。審査段階と異なり、審判手続では拒絶理由通知がない限り補正の機会がなく(もとより審決取消訴訟においては補正をする余地はない。)、拒絶査定を受けたときとは異なり拒絶査定不服審判請求を不成立とする審決(拒絶審決)を受けたときにはもはや再補正の機会はないので、この点において出願人である審判請求人にとって過酷である。
    特許法の前記規定によれば、補正が独立特許要件を欠く場合にも、拒絶理由通知をしなくとも審決に際し補正を却下することができるのであるが、出願人である審判請求人にとって上記過酷な結果が生じることに鑑みれば、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念を欠くものとして、特許出願審査手続における適正手続違反があったものとすべき場合もあり得るというべきである。

  4. 本件においてされた補正却下に関する事情として、①本件補正の内容となる構成が補正前の構成に比して大きく限定され、・・・、この新たな限定につき新たな公知文献を加えてその容易想到性を判断する必要のあるものであったこと、②審尋で提示された公知文献はそれまでの拒絶理由通知では提示されていなかったものであること、③審尋の結果、原告は具体的に再補正案を示して改めて拒絶理由を通知してほしい旨の意見書を提出したこと、④後記2で判断するとおり、新たに提示された刊行物2の記載事項を適用することは是認できないこと、などの事実関係がある。
    本件のこのような事情に鑑みると、拒絶査定不服審判を請求するとともにした特許請求の範囲の減縮を内容とする本件補正につき、拒絶理由を通知することなく、審決で、従前引用された文献や周知技術とは異なる刊行物2を審尋書で示しただけのままで進歩性欠如の理由として本件補正を却下したのについては、特許出願審査手続の適正を貫くための基本的な理念が欠けたものとして適正手続違反があるとせざるを得ないものである。
    本件においては、審判においても、減縮的に補正された歯車の具体的構成に対し、その構成を示す新たな公知技術に基づいて進歩性を否定するについては、この新たな公知技術を根拠に含めて提示する拒絶理由を通知して更なる補正及び意見書の提出の機会を与えるべきであったというべく、この手続を経ることなく行われた審決には瑕疵があり、当該手続上の瑕疵は審決の結論に影響を及ぼすべき違法なものであるから、原告主張の取消事由1には理由がある。

  5. 被告は、平成5年法改正が、出願当初から多項制を活用して補正をあまり行わない出願と過度の補正を行う出願との不公平を是正し、審査・審判の迅速性を確保するために行われたものであり、最後の拒絶理由通知を受けた後になされた補正や拒絶査定不服審判を請求する際の補正が不適法である場合、直ちに当該補正を却下するという制度設計がなされたものであると主張する。
    確かに、平成5年法改正は、被告主張のように、補正の目的を制限すること等により審査・審判の迅速性を確保することをその趣旨としたものということができる。しかし、平成5年法改正がこのような趣旨であり、補正が繰り返されるのは好ましくないとしても、それまでに示されなかった拒絶理由の枠組みに対する適切な手続保障が失われてはならず、過度の補正が行われた出願については別途の考慮を要するとして、本件の前記事実関係の下に、新たな公知技術が拒絶理由で示されないまま審決で補正発明につき独立特許要件を欠如として容易想到の結論に至ることが許されないことに変わりはない。
    被告は、審尋において、前置報告書の内容を示して意見があれば回答をするよう求め、具体的に刊行物2を示してその内容に基づいて補正発明が進歩性を欠く旨を述べ、これに対し原告は、回答書を提出して、刊行物2及びその他の引用文献について詳細に反論し、補正発明が進歩性を有する旨を主張しているのであるから、この点について意見を述べる機会が与えられなかったとはいえないと主張する。
    しかし、上記手続は、審尋において刊行物2を示しただけであり、拒絶理由を通知して意見書の提出を求めたものではないから、補正案を示して補正の機会を与えるよう要望し、新たに示された刊行物2に対応した補正を予定していた原告の手続保障に欠けるものであって、前示のような適正な審判の実現と発明の保護を図るという観点を欠くものである。


2.取消事由4(進歩性判断の誤り)について



  1. 補正発明は、「洗濯機での使用に適した伝動機構」に関するものであり、刊行物1発明は、「洗濯兼脱水槽を備えたいわゆる一槽式脱水洗濯機」に関するものであって、いずれも一般家庭で利用される電化製品に搭載される比較的小型な動力伝達機構に関するものである。これに対して、刊行物2発明は、「主として船舶に用いられる二重反転プロペラのための反転装置」、すなわち、船舶等のプロペラ駆動用途で使用される非常に大型の動力伝達4機構に関するものである。このように軽量な衣類を洗濯するための動力伝達機構と、重量のある船舶を推進させるための動力伝達機構とでは、設計思想に大きな相違が存在することが技術上明らかであるから補正発明及び刊行物1発明と刊行物2発明とは、技術分野が異なるものと認められる。
    (中略)
    そうすると、刊行物1発明は、衣類の洗浄力の向上を課題とした技術であるのに対して、刊行物2発明は、船舶等の姿勢の安定化を本来的な課題とした船舶等に固有の技術である点で、両者の解決課題は大きく隔たっている。

  2. 以上のとおり、刊行物1発明の洗濯機の動力伝達機構と、刊行物2発明の船舶等の二重反転プロペラの動力伝達機構とは、技術分野が相違し、その設計思想も大きく異なることから洗濯機の技術分野に関する当業者が、船舶の技術に精通しているとはいえず、洗濯機の動力伝達機構を開発・改良する際に、船舶等の分野における固有の技術である二重反転プロペラに類似の技術を求めることは困難であるというべきである。
    したがって、当業者が、洗濯機の分野では本来的に要求されない二重反転プロペラに関する刊行物2の記載事項を、刊行物1発明に適用することは困難であり、この点を主張する取消事由4には理由がある。

  3. 以上の点について被告は、刊行物1発明と刊行物2発明とは、伝動機構である点で同じ技術分野に属するものであり、また、1つの駆動力入力を2つの駆動力出力へと変換する、動力を伝達するという共通した作用、機能を有すると主張する。
    しかし、解決課題が大きく隔たっている公知技術を組み合わせるに当たって両者が動力伝達機構という汎用性の高い一般技術分野に属するとしてその容易性の有無を判断することは慎重でなければならず、被告の主張を採用することはできない。
    被告は、刊行物2に「主として船舶に用いられる」との記載があるように、この記載は例示にすぎず、その構造上、歯車機構を用いた反転装置自体に、船舶以外の用途に用いることを可能とする汎用性があることは明らかであるとも主張する。
    しかし、明細書において当該発明を適用する技術分野が例示であると記載されているからといって、すべての技術分野の他の技術が適用容易となるものでないことは明らかであり、本件のように複数の発明を組み合わせて出願された発明の進歩性を否定しようとする場合には、それぞれの発明の技術分野、解決課題、組合せの動機付け等を検討しなければならない。刊行物1発明と刊行物2発明とは、前記のとおり、技術分野が異なるだけでなく、その解決課題も大きく隔たり、組合せの動機付けもないから、被告の主張は採用することができない。


2011年7月2日
エスエス国際特許事務所

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