IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成22年(行ケ)第10245号

生物致死性組成物事件

新規性、「~を含まない」の意義
管轄:
判決日:
平成23年10月24日
事件番号:
平成22年(行ケ)第10245号
キーワード:
新規性、「~を含まない」の意義

1.事案の概要


本件は、被告が、特許庁に対し、原告が特許権者である特許第3992433号(発明の名称「相乗作用を有する生物致死性組成物」。)の請求項1ないし18に係る発明の特許(以下「本件特許」という。)について無効審判(無効2008-800291号事件)を請求し、同庁が「請求項1~7,18に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をしたことから、その取消しを求めた事案である。

2.本件発明


本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1の記載は、次のとおりである(請求項2~18は省略。以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】
少なくとも2つの活性な殺菌剤を含み、活性な殺菌剤のひとつが2-メチルイソチアゾリン-3-オン(MIT)である、病原性微生物によって感染されるものに付与される生物致死性組成物において、より活性な殺菌剤として1,2-べンゾイソチアゾリン-3-オン(BIT)を含み、5-クロロ-2-メチルイソチアゾリン-3-オン(CMIT)を含まないことを特徴とする生物致死性組成物。

3.審決の理由



  1. 本件発明は、特開平6-138615号公報(甲1)記載の発明であるから、特許法29条1項3号に該当する。

  2. 甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。)の内容
    少なくとも2つの活性な殺菌・殺カビ剤を含み、活性な殺菌・殺カビ剤のひとつがMITである、生物致死性組成物において、BITを含み、ゼラチン1kgあたりMITおよびBITを0.5gずつ含有することを特徴とする生物致死性組成物。

  3. 本件発明と甲1発明との一応の相違点
    ア 生物致死性組成物について、前者では「病原性微生物によって感染されるものに付与さ れる」と特定されているのに対し、後者ではそのような特定がなされていない点。
    イ 前者では「より活性な殺菌剤としてBITを含」むと特定されているのに対し、後者で はそのような特定がなされていない点。
    ウ 前者では「CMITを含まない」と特定されているのに対し、後者ではそのような特定 がなされていない点。

  4. 特許法29条1項3号該当性の判断
    <相違点ウについて>(相違点ア及びイについては省略)
    甲1発明には、CMITを含有させるとの記載はない。また、甲1には、MITとCMITとは別の化合物として記載されており、実施例においてもMITとBITを含む例は記載されているが、この例において、CMITを含ませるとの記載はない。よって、本件明細書を参酌しても、形式的には、相違点ウについての相違はない。
    本件明細書および引用に係る米国特許第5466818号の明細書によれば、MITは、CMITの塩酸塩とMITの塩酸塩との混合物を分離することにより得られるものであって、MITには、CMITが含有されているものと認められる。そして、MITにCMITが0.4/98=1/245未満含まれているものは、実質的に純粋なMITであるとしている。
    本件明細書には、「この方法で得た反応生成物を、たとえばカラムクロマトグラフィーで精製してもよい。」と記載されているが、カラムクロマトグラフィーによる精製でも特定の物質を完全に除去することはできないことは当業者の常識であるから、本件発明において、「CMITを含まない」とは、実質的にCMITを含まないを意味するものと認められる。
    そうすると、甲1発明において、MITに不純物としてCMITが仮にわずかに含まれているとしても、本件発明においてもMITにCMITは実質的に含有しない、言い換えれば、MITにCMITをわずかな量含有することを許容するものであるから、・・・相違点ウについては、実質的に相違しないものである。


4.裁判所の判断



  1. 特許法29条1項は、特許出願前に、公知の発明、公然実施された発明、刊行物に記載された発明(以下、これら公知の発明等を「公知発明」という場合がある。)を除いて、特許を受けることができる旨を規定する。
    公知発明が、出願に係る発明の特許請求の範囲に記載された構成要件の一部しか充足しない発明である場合には、当該発明は新規性を有する。ただし、公知発明が、「一部の構成要件」のみを充足し、「その他の構成要件」について何らの言及もされていないときは、広範な技術的範囲を包含することになるため、論理的には、当該発明を排除していないことになる。したがって、例えば、公知発明の内容を説明する刊行物の記載について、推測ないし類推することによって、「その他の構成要件についても限定された範囲の発明が記載されているとした上で、当該発明の構成要件のすべてを充足する」との結論を導く余地がないわけではない。
    しかし、刊行物の記載ないし説明部分に、当該構成要件のすべてが示されていない場合に、そのような推測、類推をすることによってはじめて、構成要件が充足されると認識又は理解できるような発明は、特許法29条1項所定の文献に記載された発明ということはできない。仮に、そのような場合について、同法29条1項に該当するとするならば、発明を適切に保護することが著しく困難となり、特許法が設けられた趣旨に反する結果を招くことになるからである。上記の場合は、進歩性その他の特許要件の充足性の有無により特許されるべきか否かが検討されるべきである。

  2. 「CMITを含まない」との構成要件により技術的範囲を限定したことの意義
    発明の詳細な説明欄の記載によれば、CMITは、バクテリア、真菌類(カビ)及び藻類に対して、高い抗微生物活性を有する利点があるが、他方、アレルギー反応等人体に悪影響を引き起こし、産業排水中のAOX値(有機塩素等の濃度)を高めるため、産業排水規制の観点から、その使用が望まれない等の欠点があったため、そのような課題に対する解決方法として、MITとBITを同時に使用して、各成分を個々に使用した場合に必要な濃度に比べ、低い濃度で使用しても抗微生物効果を発揮させることができるようにし、かつ「CMITを含まない」との限定をすることにより、課題解決に至った趣旨の説明がされている。
    上記のとおりであるから、「CMITを含まない」との構成要件を付加することにより、その技術的範囲を限定した趣旨は明確であり、また、特許請求の範囲に記載された「CMITを含まない」との文言の意義も不明瞭な点はない。

  3. 甲1発明の内容について
    ア 甲1には、防菌・防黴剤の組成物として用いられるMITについて、「CMITを含ま ない」ことについては言及がなく、CMITが含まれたことによって生じる欠点に関する指摘 もない。したがって、甲1において、CMITが含まれることによる欠点を回避するという技 術思想は示されていない。甲1に接した当業者は、「CMITを含まない」との構成要件によ って限定された範囲の発明が記載されていると認識することはなく、甲1には、「CMITを 含む発明」との包括的な概念を有する発明が記載されていると認識するものと解される。
    イ ①甲1発明には、上記のとおり、CMITが含まれたことによって生じる問題点に関す る指摘は、全くされていないこと、②のみならず、甲1発明では、CMITが一般式(2)で 示される化合物の具体例(2-2)として記載されていること、③本件優先日において、当業 者が利用可能なMITとしては、CMITとの混合物しか市販されていなかったこと、④甲1 の実施例として用いられたMITにCMITが含まれるか否かを、原告において追試により確 認した結果によれば、実施例は、純粋なMITからなるものではなく、むしろMITにCMI Tが含まれたものであると推測されること、⑤甲1の出願人と同一の出願人の特許出願(平成 16年3月出願)に係る明細書において、「MITの合成法では、CMITの生成が避けられ ず、仕方なくこれまで両者の混合物を使用してきた」、「MITを単一に得ることは難しく、製 造コストの点からわざわざ分離してまで使用することはしなかったからである。」などの記述 があり、本件発明の出願日(優先日)当時においても、一般に、上記明細書に記述されていた とおりの認識がなされていたと推測されること等の諸事実を総合すれば、当業者であれば、甲 1発明において使用されるMITは、当然にCMITを含有するものであり、製造コストをか けて、CMITを除去するような化合物を使用することはないと認識していたものと解するの が合理的である。
    そうすると、甲1には、MIT及びBITからなる実施例が示されていたとしてもなお、同実施例の記載から直ちに、「CMITを含まない」との構成要件を充足する発明が記載、開示されていると認定することはできない。
    ウ なお、審決は、・・・本件発明において、「CMITを含まない」とは「CMITが僅か な量を含んだものを許容する」趣旨であると解釈した上、本件発明におけるCMITの含有量 と甲1発明におけるCMITの含有量の差異が明らかにされなければ、相違点ウは、実質的に 相違しないと判断している。
    しかし、「両者の含有量の差異が明らかにさればければ」差異があるものとすることはできないことの点につき、本件発明が甲1発明であること(すなわち、本件発明が新規性を有しないこと)を根拠付ける事実は、審判請求人(被告)において、その事実が存在することの主張、立証を負担すべきであるから、審決の判断は、その点において失当である。

  4. 以上のとおり、甲1には、CMITが含有されたことによる問題点(解決課題)及び解決手段等の言及は一切なく、したがって「CMITを含まない」との技術的構成によって限定するという技術思想に関する記載又は示唆は何らされてないから、審決が、本件発明は、甲1発明であるとして、特許法29条1項3号に該当する(新規性を欠く)と判断した点は、その限りにおいて誤りがある。


2011年11月14日
エスエス国際特許事務所
判例一覧へ戻る