IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成22年(行ケ)第10163号

経管栄養剤事件

刊行物に記載された発明
管轄:
判決日:
平成22年12月15日
事件番号:
平成22年(行ケ)第10163号
キーワード:
刊行物に記載された発明

1.事案の概要


本件は、原告らが、発明の名称を「経管栄養剤」とする特許出願(特願2003-003526号)につき拒絶査定を受け、これに対する不服の審判を請求したが、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受けたことから、その審決の取消しを求めた事案である。

2.本願発明の要旨


【請求項1】 胃瘻に配置された管状材を通して、数分間で200ml~400ml が加圧供給 される栄養剤であって、該栄養剤は、その粘度が、1000ミリパスカル秒以上~60000 ミリパスカル秒以下の粘体であって、管状材を通過する前後において、粘体の状態が維持され るように調製されていることを特徴とする経管栄養剤。

3.審決の要点


本件審決の理由は、要するに、本願発明は、引用例1及び2に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである、というものである。

4.裁判所の判断



  1. 発明が技術的思想の創作であることからすると(特許法2条1項)、特許を受けようとする発明が特許法29条1項3号にいう特許出願前に「頒布された刊行物に記載された発明」に基づいて容易に発明をすることができたか否かは、特許出願当時の技術水準を基礎として、当業者が当該刊行物を見たときに、特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度において、その技術的思想を実施し得る程度に技術的思想の内容が開示されていることが必要であり、かつ、それをもって足りると解するのが相当である。
    これを、特許を受けようとする発明が物の発明である場合についてみると、特許を受けようとする発明と対比される同条1項3号にいう刊行物の記載としては、その物の構成が、特許を受けようとする発明の内容との対比に必要な限度で開示されていることが必要であるが当業者が、当該刊行物の記載及び特許出願時の技術常識に基づいてその物ないしその物と同一性のある構成の物を入手することが可能であれば必ずしも、当該刊行物にその物の性状が具体的に開示されている必要はなく、それをもって足りるというべきである。

  2. 引用例1には、胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」が記載されていることが認められる。
    また、「®テルミールソフト」は、本件出願前からテルモ株式会社が販売する栄養剤であるところ、引用例1に記載されている上記テルミールソフトと同じ製品がテルモ株式会社により販売され、容易に入手可能であったものと認められる(甲6、弁論の全趣旨)。
    そうすると、刊行物である引用例1には、胃瘻から注入する半固形状食品の「®テルミールソフト」の発明が記載されているということができる。
    そして、本願出願後に頒布されたものであることに争いのない刊行物D(甲17)には、「®テルミールソフト」が20℃で20000ミリパスカル秒の粘度であることが記載されている。この事実に弁論の全趣旨を総合すれば、本願出願時においても、同一商品名で販売されていた「®テルミールソフト」が、本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できる。
    原告らは、本件審決が、本願出願後に頒布された刊行物D(甲17)に基づいて、引用例1記載の「®テルミールソフト」の粘度を認定したことは誤りであると主張する。
    しかしながら、発明の進歩性の有無を判断するに当たり、上記出願当時の技術水準を出願後に頒布された刊行物によって認定し、これにより上記進歩性の有無を判断しても、そのこと自体は、特許法29条2項の規定に反するものではない(最高裁昭和51年(行ツ)第9号同年4月30日第二小法廷判決・判例タイムズ360号148頁参照)。
    よって、本願発明の進歩性の有無を判断するにあたって、引用発明である「®テルミールソフト」が持つ粘度を認定するために、本願出願後に頒布された刊行物Dを参酌したことは、特許法29条2項に反するものではない。
    以上のとおり、引用発明に係る「®テルミールソフト」は、本願発明の粘度範囲である1000~60000ミリパスカル秒の範囲にあったものと推認できるから、相違点1注)について、実質的に相違するものではないとした本件審決の判断に誤りはない。


注)相違点1:本願発明では、「粘度が、1000ミリパスカル秒以上~60000ミリパスカル秒以下の粘体であって」と特定されているのに対して、引用発明では、そのような特定がされていない点
2011年2月
エスエス国際特許事務所
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