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特許法・実用新案法 関連判決
平成22年(行ケ)第10109号

毛髪パーマネント再整形方法事件

サポート要件
管轄:
判決日:
平成23年2月28日
事件番号:
平成22年(行ケ)第10109号
キーワード:
サポート要件

第1事案の概要

本件は、原告が名称を「アミノシリコーンによる毛髪パーマネント再整形方法」とする発明について、特許出願(特願2002-100506号)をしたところ、拒絶査定がされ、原告は拒絶査定不服審判(不服2005-12666号)を請求したが、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。

第2特許請求の範囲

【請求項1】(i)ケラチン繊維に対して還元用組成物を適用する作業;及び、(ii)ケラチン繊維を酸化する作業を少なくとも含み、更に作業(i)の前に、当該ケラチン繊維に対して、化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用することを特徴とする、ケラチン繊維のパーマネント再整形方法。(請求項2以降は省略)

第3裁判所の判断

1.はじめに

特許権者は、業として特許発明の実施をする権利を専有すると規定され、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した「特許請求の範囲」の記載に基づいて定められる旨規定されていることから明らかなように、特許権者の専有権の及ぶ範囲は、「特許請求の範囲」の記載によって画される(特許法68条、70条)。もし仮に、「発明の詳細な説明」に記載・開示がされている技術的事項の範囲を超えて、「特許請求の範囲」の記載がされるような場合があれば、特許権者が開示していない広範な技術的範囲にまで独占権を付与することになり、当該技術を公開した範囲で、公開の代償として独占権を付与するという特許制度の目的を逸脱することになる。36条6項1号は、そのような「特許請求の範囲」の記載を許さないものとするために設けられた規定である。したがって、「発明の詳細な説明」において、「実施例」として記載された実施態様やその他の記載を参照しても、限定的かつ狭い範囲の技術的事項しか開示されていないと解されるにもかかわらず、「特許請求の範囲」に、「発明の詳細な説明」において開示された技術的範囲を超えた、広範な技術的範囲を含む記載がされているような場合は、同号に違反するものとして許されない。
以上のとおり、36条6項1号への適合性を判断するに当たっては、「特許請求の範囲」と「発明の詳細な説明」とを対比することから、同号への適合性を判断するためには、その前提として、「特許請求の範囲」の記載に基づく技術的範囲を適切に把握すること、及び「発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項を適切に把握することの両者が必要となる。

2.審決の理由について

要するに、審決は、特許請求の範囲の請求項1の「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」の意義について、「アミノシリコーンを含有しない還元用組成物」と限定的な解釈を施した上で、発明の詳細な説明中には、アミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理剤により前処理した実施例は記載されているものの、前処理せず「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」により還元処理をした従来技術に係る比較例は記載されておらず、そのような従来技術との比較実験データは記載されていないから、特許請求の範囲に記載された発明は、発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということができない、と判断したものである。

3.特許請求の範囲の「還元用組成物」の意義について

  1. 特許請求の範囲の記載
    本願発明は、パーマネント再整形における還元処理の前に、「当該ケラチン繊維に対して、化粧品的に許容される媒体中に数平均1次粒子径が3乃至70nmの範囲の粒子を含むアミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)を適用すること」との前処理工程を付加した点において、特徴を有する発明である。
    特許請求の範囲には、「還元用組成物を適用する作業」における「還元用組成物」について、アミノシリコーンを含まないとの限定的文言は一切ない。したがって、「還元用組成物」は、「アミノシリコーンを含まない還元用組成物」に限定解釈される根拠はない。
  2. 本願明細書の参酌
    確かに、【0009】には、【従来の技術】の説明において、「とりわけ還元剤と直接組合わせたアミノシリコーンなどのコンディショナーが当該還元剤の活性を阻害するかのようである。」との記載は存在する。しかし、そのような推論の存在を前提とした上で、【発明が解決しようとする課題】として、「本出願人は驚くべきことに、また予想外に、還元性組成物の適用前・・・に、アミノシリコーンミクロエマルジョン含有の少なくとも1種の前処理・・・用化粧料組成物を毛髪に適用することにより、本発明が課題とする問題を解決し得ることを発見した。」(【0011】)と記載されていることを考慮するならば、本願明細書の上記【0009】の記載は、本願発明の特許請求の範囲(請求項1)における「還元用組成物」がアミノシリコーンを含まない還元用組成物に限定されると解すべき合理的根拠とはならない。
    なお、本願明細書の【0036】ないし【0044】には、本願発明の還元処理で使用できる還元用組成物が記載され、その成分中にアミノシリコーンは示されていない。しかし、本願発明の還元処理に用いられる還元用組成物の例の中にアミノシリコーンが含まれている例が示されていなかったとしても、そのことをもって、本願発明の「還元用組成物」について、アミノシリコーンを含まないものに限定されると解釈することはできない。
  3. 原告の意見書の記載等
    原告は、平成19年8月27日付け意見書において、「本出願人は、前記還元剤及び酸化剤中にアミノシリコーンが存在することによる不都合を初めて認識し、当該還元剤及び酸化剤中にアミノシリコーンが存在しないようにし、且つ、当該還元剤及び酸化剤による処理の前後にアミノシリコーンエマルジョンを適用することによりパーマネント再整形の程度・品質・寿命を損なうことなくケラチン繊維の劣化を回避するという、異なる効果を両立させた」との意見を述べている。しかし、原告が、上記意見を述べたのは、本願発明が、先行技術との関係で進歩性の要件を充足することを強調するためと推測される。そのような意見を述べることは、信義に悖るというべきであるが、そのような経緯があったからといって、それは特許請求の範囲の「還元用組成物」が、アミノシリコーンを含まない還元用組成物に限定して解釈されるべきとする根拠にはならない

4.36条6項1号への適合性

  1. 以上を前提として、本願発明の36条6項1号への適合性について、「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し、「特許請求の範囲」に記載された本願発明が「、発明の詳細な説明」に記載・開示された技術的事項の範囲のものであるか否か、すなわち、還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし、その後還元用組成物により還元処理をするとの本願発明が、アミノシリコーンを含有する還元用組成物により還元処理をするという従来技術と対比して、毛髪の劣化の程度の緩和等の作用効果を実現し、課題を解決し得ることが、「発明の詳細な説明」に記載・開示されているか否かについて、検討する。
  2. 「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載との対比
    本願明細書の記載によれば、実施例1では、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物による前処理をせず、DV2(ダルシア・バイタル2)で還元処理した比較例(実施例1では「先行技術」と表示される。)」と、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物により前処理をした後、DV2で還元処理したもの(実施例)」の比較結果が示され、本願発明による前処理を施したことによる効果が得られた旨の記載がされている。
    本願明細書中には、DV2がアミノシリコーンを含んでいるとの明示の説明はされていない。仮に、DV2がアミノシリコーンを含まないものであると認識されるならば、実施例1における比較例は、アミノシリコーンを含む還元用組成物を用いて還元処理したもの(従来技術)でないから、「本願発明の実施例」と「従来技術に該当するもの」とを対比したことにはならず、本願発明により前処理を施したことによる効果を示したことにならない。
    審決は、この点を理由として、実施例1の実験は、比較実験として適切なものでないと判断する。
    しかし、審決の判断は、妥当を欠く。すなわち、前記のとおり、本願発明の特徴は、先行技術と比較して、「アミノシリコーンミクロエマルジョンを含む前処理用化粧料組成物(但し、非イオン性両親媒性脂質を含まない)」を適用するという前処理工程を付加した点にある。そして、①特許請求の範囲において、前処理工程を付加したとの構成が明確に記載されていること、②本願明細書においても、発明の詳細な説明の【0011】で、前処理工程を付加したとの構成に特徴がある点が説明されていること、③本願明細書に記載された実施例1における実験は、前処理工程を付加した本願発明と前処理工程を付加しない従来技術との作用効果を示す目的で実施されたものであることが明らかであること等を総合考慮するならば、本願明細書に接した当業者であれば、上記実施例の実験において、還元用組成物として用いられたDV2が「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」との明示的な記載がなくとも、当然に、「アミノシリコーンを含有する還元用組成物」の一例としてDV2を用いたと認識するものというべきである。
  3. 小括
    以上のとおりであり、審決が、①本願発明について、「還元処理の前にアミノシリコーンミクロエマルジョンを含有する前処理用化粧料組成物を毛髪に適用して前処理をし、その後アミノシリコーンを含有しない還元用組成物により還元処理をする」との構成に係る発明であると限定的に解釈したと解される点、②「前処理をせずに、アミノシリコーンを含む還元用組成物により還元処理をした従来技術」とを比較した場合の本願発明の効果が示されていないと判断した点、及び③本願発明1ないし9について、「特許請求の範囲」の記載と「発明の詳細な説明」の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるということはできないと判断した点に、誤りがある。
    したがって、審決は、36条6項1号に適合しないとの結論を導いた限りにおいて、理由を誤った違法がある。

2011年5月9日
エスエス国際特許事務所

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