IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成21年(行ケ)第10281号

高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板事件

明確性要件、実施可能要件
管轄:
判決日:
平成22年3月24日
事件番号:
平成21年(行ケ)第10281号
キーワード:
明確性要件、実施可能要件

1.事案の概要


本件は、原告が名称を「加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板とその製造方法」とする発明についての特許権者であるところ、特許無効審判請求がなされ、特許庁が無効審決(第1次審決)をしたが、知財高裁が該審決を取り消す旨の決定をしたので、特許庁で再び審理され、特許庁が原告からの訂正請求(本件訂正)を認めた上、訂正後の請求項1~3についての特許を特許法36条4項(実施可能要件)又は6項(明確性要件)違反を理由に無効審決(第2次審決)をしたことから、原告がその取消しを求めた事案である。

2.発明の内容


本件訂正後の請求項1~3(「本件発明1」~「本件発明3」)は以下のとおりである。
【請求項1】
重量%で、C:0.05~0.14%、Si:0.3~1.5%、Mn:1.5~2.8%、P:0.03%以下、S:0.02%以下、Al:0.005~0.283%、N:0.0060%以下を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、さらに%C、%Si、%MnをそれぞれC、Si、Mn含有量とした時に(%Mn)/(%C)≧15かつ(%Si)/(%C)≧4が満たされる化学成分からなり、その金属組織として、フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

【請求項2】
重量%で、B:0.0002~0.0020%を含有する請求項1記載の加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の化学成分からなる組成のスラブをAr3点以上の温度で仕上圧延を行い、50~85%の冷間圧延を施した後、連続溶融亜鉛めっき設備で700℃以上850℃以下のフェライト、オーステナイトの二相共存温度域で焼鈍し、その最高到達温度から650℃までを平均冷却速度0.5~℃/秒で、引き続いて650℃からめっき浴までを平均冷却速度1~12℃/秒で冷却して溶融亜鉛めっき処理を行った後、500℃以上600℃以下の温度に再加熱してめっき層の合金化処理を行い、その金属組織として、フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在することを特徴とする加工性の良い高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

3.審決の要点


審決は、「訂正明細書の発明の詳細な説明からは、本件発明1及び2において、金属組織として、フェライト中に『体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』としたことの技術的意義を見出すことができないから、これら本件発明は、明確とはいえず、特許請求の範囲の記載は、特許を受けようとする発明が明確であることに適合するとはいえない。」と判断し、
また、「…本件発明1又は2は、要するに、合金化溶融亜鉛めっきされる鋼板の化学成分組成に関する事項と、『金属組織として、フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する』と記載した事項を発明特定事項とするもので、本件発明3の製造方法以外の方法で製造された物を包含するものであって、この製造方法以外の方法については、上述した実現を可能とする手段の示唆すらなく、本件発明1又は2については、発明の詳細な説明の記載は、当業者がその実施をすることができる程度に、即ち、本件課題が解決できるように、明確かつ十分になされているということはできない。」と判断し、
本件発明1~3について実施可能要件、明確性要件とも認められないとして、本件発明1~3を無効としたものである。

4.裁判所の判断



  1. 特許法36条6項2号にいう「特許を受けようとする発明が明確であること」とは、特許請求の範囲における構成の記載からその構成を一義的に知ることができれば特定の問題としては必要にして十分であると解すべきところ、本件出願当時の技術常識及び本件訂正明細書の記載に照らせば、本件発明1・2における、フェライト中に体積率で3%以上20%以下のマルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在するとの点は、加工性を担うフェライト中におけるマルテンサイトおよびマルテンサイト化せずオーステナイトのまま残った残留オーステナイトの体積比率を規定したものであり、強度を担うマルテンサイトと、加工時の変形性及びマルテンサイト化した後の強度を担う残留オーステナイトについて、それらの技術的意義は明確であるから、本件発明1・2の特許請求の範囲の記載において、特許法36条6項2号にいう明確性要件違反はないというべきである。

  2. 本件発明1~3において、段落【0020】~【0028】で製造条件を限定した理由について述べ、段落【0029】~【0033】に実施例が示され、表1,2で試料4,8,10,12,14,15,18,21,25において、本件発明1~3の数値範囲を充たす化学成分のスラブを用いて、高強度で加工性がよく、めっき層の凝着も生じない例が示されている。また、上記のとおり、本件発明1~3において、「金属組織として、フェライト中に体積率で3%以上20%以下マルテンサイトおよび残留オーステナイトが混在する」と規定することの技術的意義についても明確である。
    そうすると、本件発明1~3において、実施可能要件違反はないというべきである。
    この点審決は、上記のとおり、本件発明1・2において、本件発明3の方法以外で製造する方法が示されていないとするが、本件発明3の方法で製造することが可能である以上、実施可能要件がないとすることはできない。


2010年10月
エスエス国際特許事務所

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