IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成21年(行ケ)第10238号

日焼け止め剤組成物事件

実験結果の参酌
管轄:
判決日:
平成22年7月15日
事件番号:
平成21年(行ケ)第10238号
キーワード:
実験結果の参酌

1.事案の概要


本件は、原告が名称を「日焼け止め剤組成物」とする発明につき特許出願をしたところ、特許庁から拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、同庁が請求不成立の審決をしたことから、その取消しを求めた事案である。
主たる争点は、審判請求理由補充書における【参考資料1】記載の実験結果を参酌すべきか否か、実験の結果を参酌しても顕著な作用効果がないか否かである。

2.本願発明の要旨


【請求項1】日焼け止め剤としての使用に好適な組成物であって:
a)安全で且つ有効な量の、UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種;
b)安全で且つ有効な量の安定剤であって、次式、
【化1】(省略)
を有し、式中、R1及びR1’は独立にパラ位又はメタ位にあり、独立に水素原子、又は直鎖もしくは分枝鎖のC1~C8のアルキル基、R2は直鎖又は分枝鎖のC1~C12のアルキル基;及びR3は水素原子又はCN基である前記安定剤;
c)0.1~4重量%の、2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種;及び
d)皮膚への適用に好適なキャリア;
を含み、前記UVAを吸収するジベンゾイルメタン日焼け止め剤活性種に対する前記安定剤のモル比が0.8未満で、前記組成物がベンジリデンカンファー誘導体を実質的に含まない前記組成物。

3.審決の要点



  1. 審決は、本願発明と引用発明(特開平9-175974号公報)との相違点について、『本願発明は「0.1~4重量%の2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸であるUVB日焼け止め剤活性種を含む」のに対し、引用発明は「任意に通常のUV-Bフィルターを含む」とされている点で相違する。』と認定し、『代表的なUV-Bフィルター成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定することは容易である。』と判断した。

  2. 審決は、審判請求理由補充書において【参考資料1】(実験の結果)として記載された本願発明のSPF又はPPDに関する効果について、『本願明細書には「UV-Bフィルター」を「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」に特定することによる効果が何ら具体的に記載されていないので、参酌することができないものである。仮にこれを参酌したとしても、SPF又はPPD値自体がUV線に対する効果の指標であるから、UV-Bフィルターとして代表的な成分の中から「2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸」を選定する際に当然その値を確認しつつ選定を行うものと解されるので、そのようなSPF又はPPDに関する効果をもって、当業者が予期し得ない格別予想外のものであるとすることはできない。』と判断した。


4.裁判所の判断



  1. 進歩性の判断において、「発明の効果」を出願の後に補充した実験結果等を考慮することが許されないのは、特許制度の趣旨、出願人と第三者との公平等の要請に基づくものであるから、当初明細書に、「発明の効果」に関し、何らの記載がない場合はさておき、当業者において「発明の効果」を認識できる程度の記載がある場合やこれを推論できる記載がある場合には、記載の範囲を超えない限り、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許されるというべきであり、許されるか否かは、前記公平の観点に立って判断すべきである。

  2. 被告は、段落【0011】の記載は、本願発明の効果についての一般的な記載に止まるものであって、本願当初明細書によっては、どの程度のSPF値やPPD値を有するかについて推測し得ないと主張する。
    しかし、被告の主張を前提とすると、本願当初明細書に、効果が定性的に記載されている場合や、数値が明示的に記載されていない場合、発明の効果が記載されていると推測できないこととなり、後に提出した実験結果を参酌することができないこととなる。このような結果は、出願人が出願当時には将来にどのような引用発明と比較検討されるのかを知り得ないこと、審判体等がどのような理由を述べるか知り得ないこと等に照らすならば、出願人に過度な負担を強いることになり、実験結果に基づく客観的な検証の機会を失わせ、前記公平の理念にもとることとなり、採用の限りではない。

  3. 本件においては、本願当初明細書に接した当業者において、本願発明について、広域スペクトルの紫外線防止効果と光安定性をより一層向上させる効果を有する発明であると認識することができる場合であるといえるから、進歩性の判断の前提として、出願の後に補充した実験結果等を参酌することは許され、また、参酌したとしても、出願人と第三者との公平を害する場合であるということはできない。

  4. 審判請求書にある本件【参考資料1】実験の結果および本件訴訟係属中に原告が実施した本件追加比較実験の結果によれば、本願発明は、2-フェニル-ベンズイミダゾール-5-スルホン酸を他の特定成分と組み合わせることにより、各成分が互いに作用し合う結果として、当業者において予想外の顕著な作用効果(広域スペクトルの紫外線防止効果及び光安定性が顕著に優れるという作用効果)を有するものであると認めることができるから、本願発明において既に知られた「UV-Bフィルター」が用いられたこと自体は、顕著な効果を否定する理由にはならない。また、その顕著な効果を評価するための方法が周知の方法であったとしても、それは、本願発明の顕著な効果を否定する理由にはなり得ない。

  5. また、被告は、特定の成分を特定の配合割合で含む1例(本件各実験結果の実施例1)にすぎない実験結果によって、特許請求の範囲全体にわたって本願発明の作用効果が示されたとすることはできないとも主張する。
    しかし、発明の効果について、特許請求の範囲の全体にわたって、あまねく実験による確認を求めることは、効果の裏付けのために過度な実験を要求するものであり、発明の保護の観点に照らして相当ではなく、被告の主張は、採用の限りでない。

  6. 以上のとおり、本件においては、本件【参考資料1】実験の結果を参酌することが許される場合であり、同実験結果(本件追加比較実験の結果を含む。)によれば、本願発明が引用発明に比較して当業者が予期し得ない格別予想外の顕著な効果を奏するものであると認めることができ、これを予想外の顕著な効果であるとはいえないとした審決の判断は誤りであり、その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものであるから、審決を取り消すべきである。


2010年11月
エスエス国際特許事務所

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