IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成21年(行ケ)第10180号

固体状医薬組成物事件

刊行物に記載された発明
管轄:
判決日:
平成22年8月19日
事件番号:
平成21年(行ケ)第10180号
キーワード:
刊行物に記載された発明

1.事案の概要


本件は、名称を「4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸又はその塩の製造方法及び前記酸の特定の塩」とする特許(特許第1931325号)を有する原告が、被告の提起した無効審判手続において、本件特許のうち、請求項6及び7(以下「本件発明6及び7」という。)につき、特許法29条2項に違反していることを理由としてこれを無効とする審決を受けたことから、その審決の取消しを求めた事案である。

2.本件発明6及び7


【請求項6】 4-アミノ-1-ヒドロキシブチリデン-1,1-ビスホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレート*1 を有効成分として含む、骨吸収を伴う疾病の治療及び予防のための固体状医薬組成物。
【請求項7】 錠剤である請求項6記載の固体状医薬組成物。
*1 以下「本件3水和物」という。

3.審決の要点


審決は、本件発明6及び7は、いずれも甲7発明*2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定に違反してされたものであると判断した。
*2 ベルギーのアントワープにおける第3回医薬品分析の国際シンポジウムにおいて頒布された要旨集の106頁『医薬製剤中の4-アミノ-1-ヒドロキシブタン-1,1-ジホスホン酸モノナトリウム塩トリハイドレートの高速液体クロマトグラフィーによる測定』(甲7文献)に記載された発明

4.裁判所の判断



  1. 本件発明6及び7における本件3水和物は新規の化学物質であること、甲7文献には、本件3水和物と同等の有機化合物の化学式が記載されているものの、その製造方法について記載も示唆もされていないこと、以上の点については当事者間に争いがなく、かつ審決も認めるところである。
    そこで、このような場合、甲7文献が、特許法29条2項適用の前提となる29条1項3号記載の「刊行物」に該当するかどうかがまず問題となる。
    ところで、特許法29条1項は、同項3号の「特許出願前に・・・頒布された刊行物に記載された発明」については特許を受けることができないと規定するものであるところ、上記「刊行物」に「物の発明」が記載されているというためには、同刊行物に当該物の発明の構成が開示されていることを要することはいうまでもないが、発明が技術的思想の創作であることに鑑みれば、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその技術的思想を実施し得る程度に、当該発明の技術的思想が開示されていることを要するものというべきである。
    特に、当該物が、新規の化学物質である場合には、新規の化学物質は製造方法その他の入手方法を見出すことが困難であることが少なくないから、刊行物にその技術的思想が開示されているというためには、一般に、当該物質の構成が開示されているに止まらず、その製造方法を理解し得る程度の記載があることを要するというべきである。
    そして、刊行物に製造方法を理解し得る程度の記載がない場合には、当該刊行物に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいてその製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるというべきである。

  2. 本件については、甲7文献には本件3水和物の製造方法を理解し得る程度の記載があるとはいえないから、上記(1)の判断基準に従い、甲7文献が特許法29条1項3号の「刊行物」に該当するというためには、甲7文献に接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、特許出願時の技術常識に基づいて本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見出すことができることが必要であるということになる。

  3. 本件においては、本件出願当時、甲7文献の記載を前提として、これに接した当業者が、思考や試行錯誤等の創作能力を発揮するまでもなく、本件3水和物の製造方法その他の入手方法を見出すことができるような技術常識が存在したか否かが問題となるが、本件においては、本件出願当時、そのような技術常識が存在したと認めることはできないというべきである。

  4. 以上によれば、原告の主張する取消事由1ないし5はいずれも理由があるから、審決を取り消すこととする。


2010年12月
エスエス国際特許事務所
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