IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成20年(行ケ)第10483号

ヘキサアミン化合物事件

特許法第29条の2
管轄:
判決日:
平成21年11月11日
事件番号:
平成20年(行ケ)第10483号
キーワード:
特許法第29条の2

1.事案の概要


本件は、原告が名称を「ヘキサアミン化合物」とする発明につき特許出願をしたところ、特許庁から拒絶査定を受けたので、これを不服として審判請求をしたが、同庁が請求不成立の審決をしたことから、その取消しを求めた事案である。
主たる争点は、本願発明が特許法29条の2の規定により特許を受けることができないかである。

2.本願発明の要旨


【請求項1】 下記一般式(1)で表されるヘキサアミン化合物。



〔式中、・・・Aは下記式で表される2価基を表す。但し、R1,R2 及びR3 が同時に水素原子であり、かつAが無置換のビフェニレン基(R4は水素原子を表す。)である場合を除く。〕
【化2】【化3】【化5】~【化11】省略
【化4】
(式中、R4は水素原子、メチル基、メトキシ基、塩素原子を表す。)

3.審決の要点


審決は、以下の理由により、本願発明は特許法29条の2の規定により特許を受けることがで きないとした。
先願明細書等には、【化5】で表される有機EL素子用化合物が記載されており、また、【化3 7】で表される化合物において、R57,R66,R75,R84N(Ph)2であり、R37等がHである 化合物(化合物 No.II-10)が記載されている。



そして、先願明細書等に例示されている化合物の置換基の一部が、当該発明の機能に及ぼす影響が少ないようにごく僅かだけ改変された化合物についても、記載されているに等しいとして、特許法第29条の2にいう「願書に最初に添付した明細書等に記載された発明」であると認めるのが相当である。
よって、先願明細書等には、【化37】で表される化合物において、R57,R66,R75,R84N(Ph)(Ph-CH3であり、R37等がHである化合物の発明(以下「先願発明」という。)が記載されていると認められ、本願発明は先願発明と同一である。

4.裁判所の判断



  1. 「先願発明」が先願明細書等に記載されていたか否かにつき検討するが、当事者双方が、化合物 No.II-10 が先願明細書等に記載されていたか否かについても争っているため、この点につき、 まず判断する。

  2. いわゆる化学物質の発明は、新規で、有用、すなわち産業上利用できる化学物質を提供することにその本質が存するから、その成立性が肯定されるためには、化学物質そのものが確認され、製造できるだけでは足りず、その有用性が明細書に開示されていることを必要とする。
    そして、化学物質の発明の成立のために必要な有用性があるというためには、用途発明で必要とされるような用途についての厳密な有用性が証明されることまでは必要としないが、一般に化学物質の発明の有用性をその化学構造だけから予測することは困難であり、試験してみなければ判明しないことは当業者の広く認識しているところである。したがって、化学物質の発明の有用性を知るには、実際に試験を行い、その試験結果から、当業者にその有用性が認識できることを必要とする。

  3. 先願明細書等には、化合物 No.II-10 それ自体の製造方法や、これを用いた実施例の記載は ないが、先願の化合物一般につきウルマン反応によって得られることが記載されていること等か らすれば、化合物 No.II-10 を製造する道筋は示されているといえる。また、同化合物の有機EL素子としての有用性についても、同化合物が、その構造上、実施例とされた化合物 No.II-1 と、 相当程度類似していること(先願明細書等に化合物 No.II-10 の構造が具体的に記載されていることからすれば、ここで求められる類似性は、後述の、特許法29条の2の適用が問題となる場合とは自ずから異なるものである。)等からすれば、実施例の記載から、当業者に同化合物の有用性が認識できるものといえ、同化合物を用いた具体的な実施例の記載がないことは、上記結論に影響を及ぼすものではないというべきである。

  4. 他方で、「先願発明」の化合物については、先願明細書等の【化5】等で示された一般式に、抽象的には包含されるとしても、先願明細書等において、その構造につき具体的に記載されてはいない。
    そして、上記【化5】等に関しては、複数の化合物の組み合わせを表現したものにすぎず、ある化合物が明細書等において開示されているというためには、たとえ表の中であっても、具体的な構造(「先願発明」の化合物に関しては、メチル基を置換基として有する具体的構造)が特定して開示されている必要があるというべきである。
    なお、被告は、「同族列に所属する一連の化合物は、化学的性質が極めてよく似ていて、すべての化合物に共通の官能基に基づく同一の反応を示すから、化合物 No.II-10 と『先願発明』の化合物も実質的に同視できる」旨主張するとともに、特許公報(乙4,5)の記載により、上記主張を補強している。
    しかし、乙4,5で開示された、それぞれ同族列の関係にある各化合物の化学的性質(有機EL素子としての性質を含む。)が類似していることが認められるが、これが直ちに、化合物 No.II-10 と「先願発明」化合物の関係にも適用できるか明らかではない上、特許法29条2項の進歩性を判断する場合であれば格別、同法29条の2第1項により先願発明との同一性を判断するに当たっては、化合物双方が同族列の関係にあることをもって、一方の化合物の記載により他方の化合物が「記載されているに等しい」と解するのは相当ではない。
    このように、特許法29条の2第1項による先願発明との同一性の判断は、同法29条2項の進歩性の判断とは異なるから、「公知技術」を安易に参酌して先願明細書等の記載を補充するのは相当ではなく、メチル基の有無を捨象して化合物 No.II-10 と「先願発明」化合物を同視し、「先願発明」化合物が先願明細書等に記載されていたとみることは相当ではない。

  5. したがって、「先願発明」化合物は先願明細書等に記載されておらず、また、記載されていたに等しいともいえないから、特許法29条の2を適用した審決は誤りである。


2010年4月
エスエス国際特許事務所
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