IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成20年(行ケ)第10096号

回路用接続部材事件

進歩性
管轄:
判決日:
平成21年1月28日
事件番号:
平成20年(行ケ)第10096号
キーワード:
進歩性

1.発明の要旨について


本願発明


出願当初の明細書(以下「本願明細書」という。)における特許請求の範囲の請求項1の記載
「【請求項1】
下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,導電性粒子よりなる回路用接続部材。

  1. ビススフェノールF型フェノキシ樹脂

  2. ビスフェノール型エポキシ樹脂

  3. 潜在性硬化剤」


本願補正発明


本件補正後の特許請求の範囲の請求項1の記載。補正部分に下線を施した。
「【請求項1】
下記(1)~(3)の成分を必須とする接着剤組成物と,含有量が接着剤組成物100体積に対して,0.1~10体積%である導電性粒子よりなる,形状がフィルム状である回路用接続部材。

  1. ビスフェノールF型フェノキシ樹脂

  2. ビスフェノール型エポキシ樹脂

  3. 潜在性硬化剤」


2.取消事由


容易想到性判断の誤り
・審決は,引用例の実施例として「PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒロキシル基6%,ユニオンカーバイド株式会社製商品名)」が記載されていることを根拠として,引用発明のフェノキシ樹脂として,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることは,当業者が容易に推考し得ると判断した。
・審決は,相溶性をより一層良くするように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであると判断した。
・審決は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂と,接着性との関係について,接着性がより一層良くなるように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことである,と判断した。
・審決は,本願補正発明の作用効果である「補修性」が,引用例に記載の発明の「補修性」と比べて格別優れたものとはいえないと判断した。

3. 裁判所の判断



  1. 審決には,相違点の看過についての誤りがあるか否かにかかわらず,引用発明のフェノキシ樹脂について,相溶性,接着性がより一層良くなるように,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いてみようとすることは,当業者が容易に推考し得たことであるとした点には誤りがあると判断する。

  2. 特許法29条2項が定める要件の充足性,すなわち,当業者が,先行技術に基づいて出願に係る発明を容易に想到することができたか否かは,先行技術から出発して,出願に係る発明の先行技術に対する特徴点(先行技術と相違する構成)に到達することが容易であったか否かを基準として判断される。ところで,出願に係る発明の特徴点(先行技術と相違する構成)は,当該発明が目的とした課題を解決するためのものであるから,容易想到性の有無を客観的に判断するためには,当該発明の特徴点を的確に把握すること,すなわち,当該発明が目的とする課題を的確に把握することが必要不可欠である。そして,容易想到性の判断の過程においては,事後分析的かつ非論理的思考は排除されなければならないが,そのためには,当該発明が目的とする「課題」の把握に当たって,その中に無意識的に「解決手段」ないし「解決結果」の要素が入り込むことがないよう留意することが必要となる。
    さらに,当該発明が容易想到であると判断するためには,先行技術の内容の検討に当たっても,当該発明の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分ではなく,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在することが必要であるというべきであるのは当然である。

  3. 上記の観点に立って,審決の判断の当否について検討する。
    前記1,(1)の本願明細書の記載,特に各実施例と比較例1との対比部分の記載に照らすならば,本願補正発明においてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を必須成分として用いるとの構成を採用したのは,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂を用いることに比べて,その接続信頼性(初期と500時間後のもの)及び補修性を向上させる課題を解決するためのものである。
    一方,前記1,(2)の引用例には,「フェノキシ樹脂は・・・エポキシ樹脂と構造が似ていることから相溶性が良く,また接着性も良好な特徴を有する」(甲4の段落【0007】)と記載されており,格別,相溶性や接着性に問題があるとの記載はない上,回路用接続部材用の樹脂組成物を調製する際に検討すべき考慮要素としては耐熱性,絶縁性,剛性,粘度等々の他の要素も存在するのであるから,相溶性及び接着性の更なる向上のみに着目してビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることの示唆等がされていると認めることはできない。また,一般的に,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂が本願出願時において既に知られた樹脂であるとしても(乙2,3),それが回路用接続部材の接続信頼性や補修性を向上させることまで知られていたものと認めるに足りる証拠もない。
    さらに,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂は,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂に比べてその耐熱性が低いという問題があること,すなわち,「JOURNAL OF APPLIEDPOLYMER SCIENCE VOL.7,PP.2135-2144(1963)」(甲6)によれば,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2138頁TABLE IのPolymer No.2に該当する。)のガラス転移点は「80℃」であり,ビスフェノールA型フェノキシ樹脂(化学構造から,甲6の2139頁TABLE IIのPolymer no.3に該当する。)のガラス転移点は「100℃」であり,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂の耐熱性が低いものと認められる。上記のビスフェノールF型フェノキシ樹脂の性質に照らすと,良好な耐熱性が求められる回路用接続部材に用いるフェノキシ樹脂として,格別の問題点が指摘されていないビスフェノールA型フェノキシ樹脂(PKHA)(甲4の段落【0022】)に代えて,耐熱性が劣るビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが,当業者には容易であったとはいえない。
    審決は,引用発明にビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが容易である根拠として,「引用例には・・・実施例として『PKHA(フェノキシ樹脂,分子量25000,ヒドロキシル基6%,ユニオンカーバイド株式会社商品名)』・・・を用いることも記載されている」点を挙げる(審決書5頁28行~6頁4行)。しかし,審決が引用する「PKHA」(甲4の段落【0022】)は,特開平9-279121号公報において,「PKHA(ビスフェノールAより誘導されるフェノキシ樹脂・・ユニオンカーバイト株式会社製商品名・・・)」との記載があり(甲5の1の段落【0086】),また,米国特許第4343841号明細書においても,「これらの樹脂は,ユニオンカーバイド社からBakeliteフェノキシ樹脂・・PKHA・・として商業的に入手でき,そして,ビスフェノールAとエピクロルヒドリンから得られる高分子量熱可塑性ポリマーと表現される。」(甲5の2第4欄44行~48行。訳文)との記載がある。したがって,審決が引用する「PKHA」は,ビスフェノール「A型」のフェノキシ樹脂であり,ビスフェノール「F型」のフェノキシ樹脂ではないから,引用例の「PKHA」との記載は,ビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることに対する示唆にはなり得ない。

  4. 以上の事実を総合考慮すれば,引用例に記載された発明のフェノキシ樹脂についてビスフェノールF型フェノキシ樹脂を用いることが当業者にとって容易想到であるということはできず,本願補正発明が特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものであるとした審決の判断には誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。


2009年10月
エスエス国際特許事務所

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