IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成18年(行ケ)第10563号

ソルダーレジスト事件

除くクレーム、登録商標の使用
管轄:
判決日:
平成20年5月30日
事件番号:
平成18年(行ケ)第10563号
キーワード:
除くクレーム、登録商標の使用

第1 事案の概要


被告の有する「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」の特許第2133267号(本件特許)における請求項1及び22の発明について、原告が無効審判請求したところ、特許庁は本件特許を無効とする旨の審決(前審決)をしたため、被告が同審決の取消しを求める訴え(前訴)を提起したが、その後、被告が訂正審判請求をしたことから、知財高裁は前審決を取り消す旨の決定をした。
本件は、特許庁が、被告の請求に係る訂正(本件訂正)を認めた上、無効審判請求は成り立たないとの審決をしたため、原告がその取消しを求めた事案である。

第2 本件訂正後の発明


本件訂正後の請求項1は次のとおりである(下線部分が訂正部分であり、本件訂正後の請求項1記載の発明を「本件発明」という。なお、本件訂正前の請求項22に対応する本件訂正後の請求項21については省略した。)。
【請求項1】
(A)1分子中に少なくとも2個のエチレン性不飽和結合を有し、下記(a)、(b)、(c)のうちの1または2以上の群から選ばれる1種または2種以上の感光性プレポリマー、
[(a)、(b)、(c)省略]
(B)光重合開始剤、
(C)希釈剤としての光重合性ビニル系モノマー及び/又は有機溶剤、及び
(D)1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有し、かつ使用する上記希釈剤に難溶性の微粒状エポキシ化合物であって、・・・省略・・・から選ばれた少なくとも1種の固型状もしくは半固型状のエポキシ化合物、
を含有してなる感光性熱硬化性樹脂組成物。
ただし、(A)「クレゾールノボラック系エポキシ樹脂及びアクリル酸を反応させて得られたエポキシアクリレートに無水フタル酸を反応させて得た反応生成物」と、(B)光重合開始剤に対応する「2-メチルアントラキノン」及び「ジメチルベンジルケタール」と、(C)「ペンタエリスリトールテトラアクリレート」及び「セロソルブアセテート」と、(D)「1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物」である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製、登録商標)とを含有してなる感光性熱硬化性樹脂組成物を除く。

第3 裁判所の判断


1.本件訂正の適否について


原告は、本件訂正は、いわゆる「除くクレーム」による訂正であるところ、このような訂正は平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」における訂正ということはできないと主張する。
また、原告は、本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、登録商標「TEPIC」の記載を含むものであるところ、登録商標の記載によって本件訂正の内容を技術的に特定することはできないから、本件訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるということはできないと主張する(一部省略)。

2.「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の意義について



  1. 上記規定の趣旨及び解釈
    平成6年改正前の特許法17条2項における「明細書又は図面に記載した事項」とは、技術的思想の高度の創作である発明について、特許権による独占を得る前提として、第三者に対して開示されるものであるから、ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ、「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
    そして、同法134条2項ただし書における同様の文言についても、同様に解するべきであり、訂正が、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該訂正は、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。
    特許法29条の2に該当することを理由として、特許が無効となることを回避するために、無効審判の被請求人が、特許請求の範囲の記載について、「ただし、・・・を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。
    このような場合、特許権者は、特許出願時において先願発明の存在を認識していないから、当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが、明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく、このような訂正も、明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し、新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り、「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。

  2. 本件訂正について
    本件明細書の特許請求の範囲の記載及び先願明細書の実施例2の記載によると、本件訂正は、本件訂正前の発明から先願発明と同一の部分を除外するために、除外の対象となる部分である引用発明の内容を、本件訂正前発明の成分(A)~(D)ごとに分説し、各成分に該当し得る物質又は製品の一部を、同実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら特定し、消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって除外するものであるということができる。

  3. 本件へのあてはめ
    本件訂正後の発明についても、成分(A)~(D)の組み合わせのうち、引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において、使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし、・・・という効果を奏するものと認められ、引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって、本件明細書に記載された本件訂正前の発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから、本件訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり、本件訂正は、当業者によって、本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。
    したがって、本件訂正は、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。

  4. 審査基準について
    「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても、補正事項が明細書等に記載された事項であるときは、積極的な記載を補正事項とする場合と同様に、特段の事情のない限り、新たな技術的事項を導入するものではないということができるが、逆に、補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって、当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。
    したがって、「除くクレーム」とする補正についても、当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては、最終的に、明細書等に記載された技術的事項との関係において、補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり、「例外的」な取り扱いを想定する余地はないから、審査基準における『「除くクレーム」とする補正』に関する記載は、上記の限度において特許法の解釈に適合しないものである。


3.特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について



  1. 平成6年改正前の特許法134条2項ただし書は、訂正は「特許請求の範囲の減縮」、「誤記の訂正」又は「明りょうでない記載の釈明」を目的とする場合に限って許容される旨を定めているところ、訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものということができるためには、訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として、訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるということができる。
    そして、本件訂正後の特許請求の範囲の記載には「TEPIC」という登録商標が使用されていることから、本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される本件発明の内容が技術的に明確であるということができるかどうかが問題となる。

  2. 本件訂正には、「(D)『1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物』である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製、登録商標)」との記載部分が含まれるが、本件訂正は、先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために、先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから、本件訂正における「TEPIC」は、先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものと認められる。
    そうすると、本件訂正における「TEPIC」は、先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから、その限度において、「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。


4.結論


上記2及び3のとおり、本件訂正は、平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであり、かつ、「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであると認められるから、本件訂正を認めた審決の判断に誤りはない。
2011年4月28日
エスエス国際特許事務所
弁理士 鈴 木 俊一郎

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