IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成18年(行ケ)第10268号

自動食器洗浄機用粉末洗浄剤事件

誤記の訂正、特許請求の範囲を変更する訂正
管轄:
判決日:
平成19年11月28日
事件番号:
平成18年(行ケ)第10268号
キーワード:
誤記の訂正、特許請求の範囲を変更する訂正

1.事案の概要


特許請求の範囲を補正する際、誤って従来の記載の一部を削除してしまい、特許査定後これに気付いて削除前の記載に戻す旨の訂正審判を請求したところ、特許庁が特許法第126条第4項にいう実質上特許請求の範囲を変更するものに当たるとして、審判請求を不成立とする審決をしたため、原告がその審決の取消しを求めた事案である。

2.訂正前の特許請求の範囲


「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以下の水酸化カリウムと,平均含水量が10重量%以上25重量%以下である10重量%以上60重量%以下のオルソケイ酸塩と,10重量%以上40重量%以下のトリポリリン酸ナトリウムと及び10重量%以上30重量%以下のメタケイ酸ナトリウム5水塩とを必須成分とし,この必須成分のうち水酸化ナトリウム又は/及び水酸化カリウム,オルソケイ酸塩並びにトリポリリン酸ナトリウムの合計量が50重量%以上配合されていることを特徴とする自動食器洗浄機用粉末洗浄剤。」

3.訂正後の特許請求の範囲


「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化ナトリウム又は/及び0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウムと,平均含水量が10重量%以上25重量%以下である10重量%以上60重量%以下のオルソケイ酸塩と,10重量%以上40重量%以下のトリポリリン酸ナトリウムと及び10重量%以上30重量%以下のメタケイ酸ナトリウム5水塩とを必須成分とし,この必須成分のうち水酸化ナトリウム又は/及び水酸化カリウム,オルソケイ酸塩並びにトリポリリン酸ナトリウムの合計量が50重量%以上配合されていることを特徴とする自動食器洗浄機用粉末洗浄剤。」

4.裁判所の判断


「0.5重量%以下」との記載は,確かに,被告が主張するように,その記載自体を独立したものとして見る限り,数値及びその範囲として明確であり,疑問が生じることはない。
しかしながら,特許請求の範囲の意味内容を確定する場合には,当該記載の前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すべきであり,被告が主張するように,問題となった記載を前後から切り離して取り上げて意味内容を把握し,その単純な総和として,確定すべきものではない。
そこで,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」という記載をその前後の単語・文章,文脈,当該請求項の全体の意味内容との関係で検討すると,次のとおりである(ここでは,便宜上,A,A’,B,‥‥及びand/orなどの記号を必要に応じて用いることとする。)。

「一定量の水酸化ナトリウム(A)又は/及び一定量の水酸化カリウム(A’),一定量のオルソケイ酸塩(B),一定量のトリポリリン酸ナトリウム(C)と及び一定量のメタケイ酸ナトリウム5水塩(D)とを必須成分とし,水酸化カリウム(A)又は/及び水酸化カリウム(A’),オルソケイ酸塩(B)並びにトリポリリン酸ナトリウム(C)の合計量が50重量%以上配合されていることを特徴とする」

これによれば,請求項1は,次のように理解されることになる。
①「(Aand/orA’),(B),(C),(D)を必須成分とし,(Aand/orA’),(B),(C)の合計量が50重量%以上であることを特徴とする。」
そうすると,(Aand/orA’),及び,(B),(C),(D)が常に成分として含有されているものと理解される。
②AとA’は,「and/or」の関係で結ばれており,両者は,化合物として,性質・作用等も類似していることから,多くの場合,相互に代替性・補完性があると考えられ,その双方又はいずれか一方が必須の成分であると理解するのが自然であり,双方とも必須成分から外れることはないとするのが通常の理解である。
③しかるところ,Aが「0.5重量%以上5重量%」とされているのに,A’が「0.5重量%以下」とされていてアンバランスな感じもある上,Aと異なって下限値が特に表示されていないことから,当然に「含有量0」の場合を含むことになり,しかも,AとA’が「and/or」で結ばれているため,結局,論理上,A及びA’の双方が含有されない場合を含むのではないか,との疑問が生じることになる。
以上のように,請求項1を概観すると,その記載に接した当業者は,A’の含有量が0の場合も発明に含まれるのか,含まれるとすれば,AもA’も共に含有量が0になる場合も発明に含まれるのではないか,と容易に疑問を抱くことになり,その疑問を解決するために,請求項1の記載だけでは解決するに足りず,発明の詳細な説明を参酌確認する契機をもつものといわざるを得ない。
本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,発明の詳細な説明の記載を参酌しなければその意味を確定することができず,発明の詳細な説明を参酌すれば,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが容易に看取されることが明らかである。
したがって,本件特許の訂正前の請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,特許法126条1項本文及び同2号にいう「特許請求の範囲」の「誤記」に該当するものということができる。
なお,特許法126条4項は,「第1項の明細書,特許請求の範囲又は図面の訂正は,実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない。」と定めており,上記誤記の訂正が実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものに該当するのではないかという問題があるので,検討する。
請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の記載は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であるとする場合,この2つの文言のみに即して形式的に考察すると,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の範囲と明らかに異なるから,その限りでは特許請求の範囲が変更となるのではないかという問題があるかのようであるが,請求項1の「0.5重量%以下の水酸化カリウム」とある記載は,上述のとおり,特許請求の範囲の記載からだけでは不明確であり,そこで,発明の詳細な説明を参酌すると,「0.5重量%以下の水酸化カリウム」は,「0.5重量%以上5重量%以下の水酸化カリウム」の誤記であることが明らかであるというのであるから,その実質を捉えて考察すると,特許請求の範囲の拡張や変更はされていないということができ,同法126条4項違反の問題は生じないものというべきである。
平成10年3月作成
鈴木国際特許事務所
弁理士 鈴木俊一郎
本判決紹介の内容は鈴木俊一郎が生前に作成したものであります。


平成27年1月29日
エスエス国際特許事務所

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