IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成17年(行ケ)第10564号

ポリエステル樹脂製造方法事件

特許請求の範囲に記載された用語の解釈
管轄:
知財高裁
判決日:
平成18年6月6日
事件番号:
平成17年(行ケ)第10564号
キーワード:
特許請求の範囲に記載された用語の解釈

1.

本件では、訂正明細書における用語「プロピル」、「ブチル」の意味が争点となった。

また「プロピル」、「ブチル」を広義に解した場合の特許性が争点となった。

2.本件訂正後の特許請求の範囲


「テレフタル酸に、エチレングリコールと全グリコール成分の10~90モル%範囲の1,4-シクロヘキサンジメタノールを、前記テレフタル酸に対し全グリコール成分がモル比で1.1~3.0となるように投入して230~270℃の加熱条件下及び0.1~3.0kg/cm2の圧力条件下で、触媒を使用せずに、エステル化反応させる段階と、
前記エステル化反応の生成物に、触媒としてテトラプロピルチタネート、テトラブチルチタネート及びチタニウムジオキサイドとシリコンジオキサイド共重合体からなるグループから選ばれたチタニウム系化合物を含有するチタニウムの重量が最終ポリマーの重量に対し5~100ppmとなるように使用し、かつ、安定剤としてトリエチルホスホノアセテートを含有するリンの重量が最終ポリマーの重量に対し10~150ppmとなるように使用して、250~290℃の加熱条件下及び400~0.1mmHgの減圧条件下で重縮合させる段階とを含むことを特徴とする1,4-シクロヘキサンジメタノールが共重合されたポリエステル樹脂の製造方法。」

3.裁判所の判断



  1. 本件訂正発明における用語の意味について
    (1-1)乙1及び甲8、11の上記各記載によれば、「プロピル」、「ブチル」との各用語は、有機化学命名法に従い、狭義(n-プロピル、n-ブチル)に用いられることもあるが、広義(n-プロピルとi-プロピルの上位概念、n-ブチル、i-ブチル、s-ブチル、及び、t-ブチルの上位概念)に用いることも、ごく普通に行われていることであると認められる。
    そうすると、本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」、「テトラブチルチタネート」については、特許請求の範囲の記載からは、直ちにその技術的意義を、狭義のテトラプロピルチタネート、狭義のテトラブチルチタネートとも、広義のテトラプロピルチタネート、広義のテトラブチルチタネートとも、一義的に明確に理解することができないものというべきである。

    (1-2)前記のとおり、「プロピル」、「ブチル」との各用語は、広義に用いることもごく普通に行われているものであるから、原告主張のように解することはできず、訂正明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても、有機化学命名法に従って記載されていると一義的に理解することができない以上、これを広義のものとして理解することを排除することはできないといわざるをえない。
    このように、特許請求の範囲に記載された用語の技術的意義が、発明の詳細な説明の記載を参酌しても、一義的に明確に理解することができず、広義にも狭義にも解しうる場合には、当該特許発明の新規性及び進歩性について判断するに当たっては、当該用語を広義に解釈して判断するのが相当である。広義に解した場合の特許発明について、新規性及び進歩性が肯定されれば、狭義に解した場合には当然にこれらが肯定されるし、逆に、広義に解した場合の特許発明について、新規性又は進歩性が否定されるならば、もはや狭義に解した場合にそれらが肯定されるかどうかを検討するまでもなく、当該特許発明の新規性又は進歩性を認める余地はないからである。

  2. 広義訂正発明についての判断
    (2-1)本件訂正発明と引用発明を比較すると、前者の全グリコール成分の1,4-シクロヘキサンジメタノールの割合10~90モル%は後者の約10~70モル%と約10~70モル%の範囲で重複し、前者のテレフタル酸に対する全グリコール成分のモル比1.1~3.0は、後者のモル比1.7~6.0と、1.7~3.0の範囲で重複し、前者におけるエステル化反応時の加熱条件230~270℃は、後者の加熱条件240~280℃と、240~270℃の範囲で重複し、前者におけるエステル化反応時の圧力条件0.1~3.0kg/cmは、後者の圧力条件15~80psigが約2.1~6.7kg/cmと換算されることから約2.1~3.0kg/cmの範囲で重複し、前者における重縮合段階の加熱条件250~290℃は、後者の加熱条件260~290℃と、260~290℃の範囲で重複するものであり(これらの点は原告も争っていない。)、また、前記1において説示したところによれば、本件訂正発明における「テトラプロピルチタネート」、「テトラブチルチタネート」は、引用発明における触媒である「テトライソプロピルチタネート」、「テトライソブチルチタネート」を包含する。そして、安定剤について、本件審決は、相違点3として検討している。

    (2-2)原告は、触媒の使用量は実験により容易に決定できるものではない旨主張する。
    触媒は、反応の進行を速めるために使用されるものであるから、一般に、触媒の本来の使用目的に合致した量を実験的に決定することが困難であるとは認められない。
    そして、訂正明細書(甲2)には、重縮合触媒の使用量に関して、「チタニウム系触媒、含有するチタニウムの重さが最終ポリマーの重量に対し5~100ppmとなる量を使用する。使用される触媒は最終ポリマーの色相に影響を与え、また、使用される安定剤及び整色剤も色相に影響する。」(段落【0012】)との記載があるが、刊行物1における前記(ア)の記載は、おおむねこれと対応している。
    また、本件訂正発明における触媒の使用量(チタニウムの重量が最終ポリマーの重量に対し5~100ppm)は、刊行物1及び2に記載された重縮合触媒量の範囲と同程度のものにすぎない。

    (2-3)トリエチルホスホノアセテートを含む刊行物2の熱安定剤の使用量については、前記のとおり、刊行物2に「ポリエステルに対し燐10~400ppm、有利に30~150ppmに相応する、熱安定剤に常用の量」というように、常用の量の目安が記載されているのであるから、まずその範囲から始めて、所望の変色防止効果が得られる量の適当な範囲を実験により決定することは、当業者が容易に行いうる程度のことと認められる。

    (2-4)刊行物2には、トリエチルホスホノアセテートを含む刊行物2の熱安定剤が、熱安定性で分解反応する傾向がないこと、揮発性が小さいこと、不活性で非腐食性であること、可視特性がよい(拡散反射率が大きい)ことが記載されているから、訂正明細書において、トリエチルホスホノアセテートの利点として捉えられている特性は、既知のものであったことが認められ、特に、熱安定性や、揮発性が小さいことは、安定剤の本来の効果である変色防止の効果が高いことを十分に予測させるものである。
    したがって、本件訂正発明が予測しがたい顕著な効果を奏するものであるということはできない。


平成18年6月
エスエス国際特許事務所

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