IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成17年(行ケ)第10312号

ピラゾロピリジン化合物事件

実施可能要件、医薬の用途発明
管轄:
判決日:
平成17年8月30日
事件番号:
平成17年(行ケ)第10312号
キーワード:
実施可能要件、医薬の用途発明
1.本件は、ある化合物の新規用途に関する発明であるが、本願明細書には、その化合物の用途(治療剤)については記載されていたが、疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データまたはそれと同視すべき程度の記載は何ら存在していないため、特許法36条4項に違反すると判断された。

2.本願発明の要旨


【請求項1】1-[3-(2-フェニルピラゾロ[1,5-a]ピリジン-3-イル)アクリロイル]-2-(カルボキシメチル)ピペリジン又はその塩類を有効成分として含有する透析時低血圧症及び/又は透析後低血圧症の予防及び/又は治療剤。

3.審決の要点


審査段階で提出された参考資料をみても,それらによって本願発明の化合物を透析時低血圧症等の予防,治療に使用することの技術的意義を当業者が理解するに十分な技術常識が本願出願当時に存在していたとすることはできない。
以上のとおりであるから,本願明細書には,当業者が本願発明を実施することができる程度に明確かつ十分に発明の詳細な説明に記載されていない。
したがって,本願は,特許法36条4項に規定する要件を満たしていない。

4.裁判所の判断



  1. 医薬についての用途発明においては,一般に,物質名,化学構造だけからその有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に有効量,投与方法,製剤化のための事項がある程度記載されている場合であっても,それだけでは当業者は当該医薬が実際にその用途において有用性があるか否かを知ることができないから,発明の詳細な説明に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしてその用途の有用性を裏付ける必要があり,そのような記載がなされていない場合には,上記特許法36条4項に違反するものというべきである

  2. 原告は,本件出願当時,脱血ショックモデルとLPSショックモデルが透析低血圧症を評価するモデルであることや,本願化合物が脱血ショックモデルとLPSショックモデルに有効であることが当業者の間で広く知られていたのであるから,当業者であれば,本願化合物が透析低血圧症に有効であることを容易に推認することができたのであって,かかる技術常識の存在に照らすと,本願発明については,薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がなされているということができ,あるいはその記載は不要であると主張する。
    しかしながら,特許法36条4項の要件を満たすかどうかを判断するに当たり,発明の詳細な説明に記載された薬理データ等の記載の意義を的確に理解するために,その発明が属する分野の技術常識を補完的に考慮すべき場合はあり得るとしても,前記のとおり,本願発明の詳細な説明には,そもそも本願化合物が本願疾病の治療剤に利用できることを裏付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載は何ら存在しないのである。
    また,原告の主張するとおり,本願発明の詳細な説明に薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載がなくとも,本願化合物が本願疾病に有用であることは当業者であれば容易に推認し得たのであれば,本願発明は進歩性を欠くことは明らかである。本願発明が特許要件を欠くことを自認するに等しい原告のこの主張は,本願発明が進歩性を有すること,すなわち本願化合物が本願疾病の予防及び/又は治療に有用であることについて,当業者が容易に想到し得なかったことを当然の前提とする本願発明の詳細な説明に沿うものとはいい難い。
    仮に,原告が主張するように,脱血ショックモデルとLPSショックモデルが透析低血圧症を評価するモデルであることや,本願化合物が脱血ショックモデルとLPSショックモデルに有効であることなどが,本件出願当時の技術常識であったとしても,本願発明は本願化合物の新たな用途を発見した用途発明であり,本願化合物がそのような用途に有用であることを本件出願当時の技術常識に基づいて当業者が容易に想到し得なかったことを前提とする以上,本願発明の当該用途における有用性を基礎付ける薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載をしなければならないことに変わりはないというべきであり,そのような記載が何ら存在しない本願発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項の要件を満たさないというべきである。


平成17年9月
エスエス国際特許事務所
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