IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成17年(行ケ)第10295号

脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム事件

実施可能要件、過度の試行錯誤
管轄:
知財高裁第4部
判決日:
平成17年11月17日
事件番号:
平成17年(行ケ)第10295号
キーワード:
実施可能要件、過度の試行錯誤
1.本件は、「脂肪族ポリエステル二軸廷伸フィルム」の特許につき、明細書の記載不備(特許法第36条第4項)があるか否かが争われたケースである。
一方、平成17年(行ケ)第10042号では、上記案件とほぼ同様のケースに、特許法36条1項を適用しており、特許法36条4項が適用された本ケースと平成17年(行ケ)第10042号とを比較すると興味深い。

2.本件発明


【請求項1】
主たる繰り返し単位が一般式-O-CHR-CO-(Rは水素または、炭素数1~3のアルキル基)であり、脂肪族ポリエステルに対し不活性な平均粒子径1~4μmの滑剤粒子を含有する脂肪族ポリエステルであって、連鎖状粒子を含有しない脂肪族ポリエステルを主成分としたフィルムであって、少なくとも片面の三次元平均表面粗さ(SRa)が0.018~0.069μmであり、かつ粗さの中心面から0.00625μm以上の高さを有する突起の1mm2当たりの突起数(PCC値)が下記式(1)を満足することを特徴とする脂肪族ポリエステル二軸延伸フィルム。
PCC値≦7000-45000×SRa...(1)
(なお、SRaとは表面粗さ曲線をサインカーブで近似した際の中心面(基準面)における平均粗さを意味し、触針式三次元表面粗さ計を用いて得た各点の高さを測定し、これらの測定値を三次元表面粗さ解析装置に取り込んで解析することにより得られる値である。)

3.特許庁の取消決定の内容


3-1) 本件発明のSRa値を求めるに当たっては、一つの製造条件を設定すれば求められる、というものとはいえず、本件明細書には、SRaの必要な値を得るための具体的な条件が何ら記載されていない。
したがって、『三次元平均表面粗さSRaが0.018~0.069μm』とすることについては、・・・過度の試行錯誤を強いるものというべきである。」

3-2) そして、PCC値とSRa値とは密接な関係にあるのであるから、SRa値について本件発明の範囲内のものとするためにはいかにしたらよいのか不明であり、またPCCの値についても同様不明であることからすれば、『PCC値≦7000-45000×SRa』とすることについては、・・・過度の試行錯誤を強いるものといえる。」
「したがって、本件明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその発明を実施することができる程度に明確かつ十分に、記載されているとはいえず、本件特許は、特許法36条4項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。」

4.裁判所の判断


4-1) 本件明細書には下記の実験データが示されている。
平均粒子径(μm)含有量(重量%)SRa(μm)
実施例11.80.100.045
実施例21.80.200.066
実施例31.80.010.018
比較例11.80.0050.008
比較例21.80.600.095

以上によれば、滑剤粒子の平均粒子径を1.8μmとした場合には、滑剤粒子の含有量が大きいほどSRaの値も大きくなるという傾向にあること、含有量を0.01重量%とした場合のSRaは0.018μmであり(実施例3)、含有量を0.20重量%とした場合のSRaは0.066μmである(実施例2)ことが認められる。
そこで、実施例1ないし3におけるフィルムの延伸条件下で、滑剤粒子の平均粒子径を1.8μmとし、かつ、その含有量を0.01~0.20重量%の範囲内とした場合には、SRaの値が0.018~0.066の範囲内となるものと推測することができる。この数値範囲は、請求項1に記載された0.018~0.069μmの数値範囲よりも若干狭いものであるが、滑剤粒子の含有量とSRaとの前記関係にかんがみれば、含有量を微調整することによって、0.018~0.069μmの数値範囲のSRaを得ることは、当業者であれば、容易に実施し得るものというべきである。
以上のとおり、SRaを0.018~0.069μmの範囲内とすることは、本件明細書の実施例の記載を参照することにより、当業者において容易に実施することができるものと認められるから、この点についての決定の判断は、誤りである。

4-2) PCC値を制御する方法については、SRaと同様に、本件明細書の段落 【0038】において、「滑剤粒子及びフィルムの製膜条件によって制御することができる。」と記載されている。
滑剤粒子及びフィルムの製膜条件についての「発明の実施の形態」の記載は、SRaに関する前記(2)の記載と同じであり、付け加えられるのは、段落【0039】に「PCC値とSRaとの不等式を満足させるためには、前記の滑剤粒子の平均粒径及び含有量の好適な範囲内で、比較的大きな平均粒子径の滑剤粒子を少量含有させることがさらに好適である。」と記載されている点のみである。
しかし、「比較的大きな平均粒子径の滑剤粒子を少量含有させる」という記載だけでは、滑剤粒子の平均粒子径及び含有量並びにフィルムの製膜条件(延伸条件)につき、それぞれどのような数値ないし条件をもって組み合わせればよいのか、不明である。
したがって、本件明細書の「発明の実施の形態」の記載を参照するだけでは、PCC値とSRaとの関係につき不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足させるための具体的な制御条件は、不明であるといわざるを得ない。

4-3) 滑剤粒子の平均粒子径が1.8μmの前後であれば、SRa及びPCC値の変化につき一定の傾向が把握できるものの、請求項1に定める平均粒子径の数値範囲が1~4μmという相当の幅をもった範囲であることにかんがみると、平均粒子径を下限近く、あるいは上限近くに設定した場合に、SRa及びPCC値がどのような変化を示すのか、実施例及び比較例の数値からだけでは、予測することが困難である。

4-4) したがって、本件明細書の実施例を手がかりとしても、PCC値とSRaとの関係が不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足するフィ ルムを得るためには、製造されたフィルムにつきSRaとPCC値を逐一計測して、前記不等式を満たしているか否かを確認するほかないから、当業者に過度の試行錯誤を強いるものといわざるを得ない。
以上のとおり、PCC値とSRaとの関係が不等式〔PCC値≦7000-45000×SRa〕を満足するものとすることは、当業者にとって実施可能であるとは認められないから、この点についての決定の判断には、誤りはない。
平成18年1月
エスエス国際特許事務所
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