IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成15年(行ケ)第357号

高吸油化粧用脂取り紙事件

実施可能要件
管轄:
判決日:
平成16年10月13日
事件番号:
平成15年(行ケ)第357号
キーワード:
実施可能要件
1.本件は、特許請求の範囲に記載された要件を充足する「高吸油化粧用脂取り紙」を作る方法が、発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されていないため、本件明細書は特許法第36条4項に規定する要件を満足しないとして、特許無効審決が維持されたケースである。
本件からは、明細書には、「物」の製造方法について、当業者が容易に実施できるよう記載しなければならないことがわかる。

2.特許請求の範囲(補正後)

「【請求項1】[A]植物繊維を主成分とする原料からなる二層の抄紙であって,[B]抄紙時に抄紙機にて,線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層が設けられ,かつ,[C]紙密度が0.7~1.2g/cmであることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙。
【請求項2】一層はフラットで他の層に凹凸層がある請求項1に記載の高吸油化粧用脂取り紙。
【請求項3】凹凸層に填料が混在する請求項1又は請求項2に記載の高吸油化粧用脂取り紙。
【請求項4】紙の表面層に金粉を混在させた請求項1乃至請求項3のうちいずれかに記載の高吸油化粧用脂取り紙。
【請求項5】植物繊維を主成分とする原料を抄紙機にて2層を抄紙する高吸油化粧用脂取り紙の製造方法であって,前記抄紙機は線経0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網を用いて抄紙の片面又は両面に凹凸層を形成し,かつ,紙密度を0.7~1.2g/cmとすることを特徴とする高吸油化粧用脂取り紙の製造方法。」
請求項1における構成要件[A]、[B]、[C]は、弊所で付したものである。

3.審決の要点

「本件明細書は,凹凸層が設けられた高吸油化粧用脂取り紙に関して,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しているとは認められず,また,特許請求の範囲の記載に不備があり,本件特許は,特許法36条4項,6項2号の規定を満足していない特許出願に対してなされたものであるから,同法123条1項4号の規定によって,無効とすべきである,というものである。」

4.裁判所の判断

  1. 「抄紙時に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に凹凸層が設けられ、」との要件は、「高吸油化粧用脂取り紙」が,「抄紙時に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に設けられた凹凸層を有する」ものであることを意味すると解すべきである。そうすると,訂正後の請求項1は,Aにより原料が植物繊維を主成分とすること及び二層であることが,Bにより特定の凹凸層を有することが,Cにより特定の紙密度であることが,それぞれ明示されているところ,AないしCは,「高吸油化粧用脂取り紙」を特徴づける,互いに異なる独立した要件であることが明らかであるから,訂正後の請求項1に係る発明は,A,B,Cの要件を同時に満足する「高吸油化粧用脂取り紙」であると解するのが相当である。
  2. 訂正後の請求項1に係る発明の目的は,「皮脂の高吸収性」及び「使用後の透明性の高い特性」が得られる高吸油化粧用脂取り紙を提供することにあるところ,「皮脂の高吸油性」は,特定の線径及びメッシュ範囲の抄網にて設けられた凹凸層があることによって達成され,「使用後の透明性の高い特性」は,特定の紙密度であることによって達成されること,すなわち,訂正後の請求項1に係る発明の上記2つの目的は,B及びCの要件によって,それぞれ独立に達成されるものであることが認められる。
  3. 高吸油化粧用脂取り紙の製造方法に関しては,実施例においては,いずれも,特定の線径及びメッシュ範囲の抄網を用いて凹凸層を設けた後に,スーパーキャレンダーや熱キャレンダーを用いて高密度化する方法が記載されている。
    ところで,乙1の審判請求書に甲第9号証として添付された文献(昭和45年9月18日発行の紙パルプ技術協会編「仕上・化繊紙・合成紙・塗工」7頁)には,「スーパーカレンダー(Super Calender)は光沢機と翻訳されているが,紙面に強い光沢を与えると同時に平滑性を与える目的に使用される場合と,紙面に適度の平滑性を与えるために使用する場合と,もう一つ,シートの厚さを決める場合の3つの用途に使用される場合がある。」と記載されているから,抄紙後にスーパーカレンダー処理をすると,「抄紙時に抄紙機にて線径0.1~1.0mmで5~40メッシュの抄網にて片面又は両面に設けられた凹凸層」は,平滑化されてそのままの形状に保持されなくなるものと認められる。
    また,箔打ち,高圧プレス,熱キャレンダーも,紙の厚さ方向に圧力をかける処理である以上,抄紙時に設けられた上記特定の凹凸層がそのままの形状に保持されないことは明らかである。
  4. そうすると,「皮脂の高吸収性」及び「使用後の透明性の高い特性」という2つの目的を同時に達成するために特定されたB及びCの要件を同時に満足する「高吸油化粧用脂取り紙」を作る方法は,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明に明確かつ十分に記載されているということはできない。
  5. 以上によれば,訂正後の明細書(甲4,9)の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項に規定する要件を満足していないものである。そして,特許法36条4項の規定を満足していないとの審決の判断は,訂正後の請求項1ないし5に係る各発明についても妥当するから,結局のところ,審決の判断には結論に影響する誤りはないといわなければならない。


平成16年10月
エスエス国際特許事務所

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