IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成14年(ワ)第5502号

資金別貸借対照表事件

自然法則の利用
管轄:
判決日:
事件番号:
平成14年(ワ)第5502号
キーワード:
自然法則の利用

1.本件は、資金別貸借対照表に係る実用新案権の侵害事件である。

裁判所は、資金別貸借対照表は「自然法則を利用した技術的思想」に該当しないから、本件考案は法3条1項柱書に反する無効理由を有することが明らかであるとして、原告の請求は、権利の濫用にあたるとして棄却した。

2.本件考案の登録請求の範囲の分説

A資金別の貸借対照表であって,この表は,

損益資金の部の欄と,
固定資金の部の欄と,
売上仕入資金の部の欄と,
流動資金の部の欄と,
を含み,これらの欄は縦方向または横方向に配設してあり,
B 上記損益資金の部の欄,固定資金の部の欄,売上仕入資金の部の欄,流動資金の部の欄の各欄は貸方・借方の欄に分けてあり,更に貸方・借方の欄に複数の勘定科目が設けてあり,
C 上記損益資金の部の欄,固定資金の部の欄,売上仕入資金の部の欄,流動資金の部の欄の各欄に対応して現在の現金預金の欄が設けてある,
D 資金別貸借対照表。

3.裁判所の判断


ア 実用新案法は,「考案」について,「自然法則を利用した技術的思想の創作をいう」と定義し(法2条1項),また,「産業上利用することができる考案」に対して,所定の要件を充足した場合に,実用新案登録を受けることができると規定する(法3条1項)。
したがって,たとえ技術的思想の創作であったとしても,その思想が,専ら,人間の精神的活動を介在させた原理や法則,社会科学上の原理や法則,人為的な取り決めを利用したものである場合には,実用新案登録を受けることができない(この点は,技術的思想の創作中に,自然法則を利用した部分が全く含まれない場合はいうまでもないが,仮に,自然法則を利用した部分が含まれていても,ごく些細な部分のみに含まれているだけで,技術的な意味を持たないような場合も,同様に,実用新案登録を受けることができないというべきである。)。

イ そこで,本件考案について,この点を検討する。
本件考案は,貸借対照表について,「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」の4つの資金の観点からとらえたこと,各資金に属する勘定科目を,貸方と借方に分類することにより,各部ごとの貸方と借方の差額により求めた現金預金を認識できるようにしたことに特徴がある。
そうすると,上記本件考案は,専ら,一定の経済法則ないし会計法則を利用した人間の精神活動そのものを対象とする創作であり,自然法則を利用した創作ということはできない。また,本件考案の効果,すなわち,企業の財務体質等を知ることができる,企業の業績の予想を的確に行うことができる,損益の認識が容易にできる,貸借対照表,損益計算書,資金繰り表など個別に表を作成する必要がない等の効果も,自然法則の利用とは無関係の会計理論ないし会計実務を前提とした効果にすぎない。
確かに,「損益資金」,「固定資金」,「売上仕入資金」及び「流動資金」の欄が,「縦方向または横方向に配設され」ることは,見やすくなるという点で,自然法則を利用した効果を伴うということができる。しかし,そのような効果は,そもそも本件考案の特徴であると評価できるものではなく(本件明細書の考案の詳細な説明によっても,本件考案の効果として記載されているわけでない。),技術的な観点で有用な意義を有するものではない。
以上のとおりであり,本件考案は,法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想」に該当しないから,本件実用新案登録には,法3条1項柱書きに反する無効理由の存することが明らかである。

ウ 原告の主張に対する検討
これに対して,原告は,特許庁における産業別審査基準では,「紙せん」という産業部門が設けられていること,「紙せん」は,紙面の記載欄に関する特定の構成において,人間の生理上又は心理上客観的に認識し易い状況を形成するという,自然法則を介した作用効果を発揮するという意味で,「自然法則を利用した技術的思想」に当たるとされていること,本件考案に係る資金別貸借対照表は,「紙せん」に該当すること等の点から,実用新案登録要件を充足する旨主張する。しかし,本件考案が実用新案登録の対象となるか否かについては,法2条1項所定の「自然法則を利用した技術的思想の創作」に当たるかどうかという,法の解釈に即して判断すべきであるから,原告の主張は,そもそも前提において理由がないのみならず,産業別審査基準の「紙せん」についても,自然法則を利用した技術的思想であるか否かの点を考慮して実用新案登録の対象となるか否かを判断すべきところ,本件考案が自然法則を利用した創作であると評価できないことは前述のとおりであるので,原告のこの点の主張は失当である。
また,原告は,いわゆる「ビジネスモデル」発明や考案が特許法や実用新案法の保護対象となることに照らしても,本件考案は,実用新案法の保護の対象になると解すべきである旨主張する。しかし,コンピュータ・ソフトウエア等による情報処理技術を利用してビジネスを行う方法に関連した創作が実用新案登録の対象になり得るとすれば,その所以は,コンピュータ・ソフトウエアを利用した創作が,法2条1項所定の「自然法則を利用した技術的思想の創作」であると評価できるからであって,ビジネスモデル関連の発明が特許され,考案が登録された例があったとしても,そのことにより,本件考案が実用新案登録要件を充足するか否かに関する結論に影響を与えるものではない。

エ 結論
以上のとおり,本件考案は,法2条1項にいう「自然法則を利用した技術的思想」に該当しないことが明らかであるから,本件実用新案登録は,法3条1項柱書きに反する無効理由を有することが明らかである。したがって,原告の本件実用新案権に基づく本訴請求は,権利の濫用に当たり許されない。
2003年6月
エスエス国際特許事務所


判例一覧へ戻る