IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成13年(行ケ)第84号

光ディスク用ポリカーボネート成形材料事件

プロダクト・バイ・プロセスクレームの特許性
管轄:
東京高裁
判決日:
平成14年6月11日
事件番号:
平成13年(行ケ)第84号
キーワード:
プロダクト・バイ・プロセスクレームの特許性

1.

本件は(イ)プロダクト・バイ・プロセスクレームの特許性について、また(ロ)不純物の量を特定したクレームの特許性について判断している。本件は、この点で非常に興味深い判決である。

2.本件発明の特許請求の範囲(訂正後)


「ジクロロメタンを溶媒としてビスフェノールとホスゲンとの反応によって得られ,低ダスト化されたポリカーボネート樹脂溶液に,ポリカーボネート樹脂の非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエンを沈殿が生じない程度の量を加え,得られた均一溶液を45~100℃に保った攪拌下の水中に滴下或いは噴霧してゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体とした後,水を分離し,乾燥し,押出して得られるポリカーボネート樹脂成形材料であって,該ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料。」

3.裁判所の判断



  1. 本件訂正発明が,製造方法の発明ではなく,物の発明であることは,上記特許請求の範囲の記載から明らかであるから,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームに該当するものである。そして,本件訂正発明が物の発明である以上,本件製法要件は,物の製造方法の特許発明の要件として規定されたものではなく,光ディスク用ポリカーボネート成形材料という物の構成を特定するために規定されたものという以上の意味は有し得ない。そうである以上,本件訂正発明の特許要件を考えるに当たっては,本件製法要件についても,果たしてそれが本件訂正発明の対象である物の構成を特定した要件としてどのような意味を有するかを検討する必要はあるものの,物の製造方法自体としてその特許性を検討する必要はない。発明の対象を,物を製造する方法としないで物自体として特許を得ようとする者は,本来なら,発明の対象となる物の構成を直接的に特定するべきなのであり,それにもかかわらず,プロダクト・バイ・プロセス・クレームという形による特定が認められるのは,発明の対象となる物の構成を,製造方法と無関係に,直接的に特定することが,不可能,困難,あるいは何らかの意味で不適切(例えば,不可能でも困難でもないものの,理解しにくくなる度合が大きい場合などが考えられる。)であるときは,その物の製造方法によって物自体を特定することに,例外的に合理性が認められるがゆえである,というべきであるから,このような発明についてその特許要件となる新規性あるいは進歩性を判断する場合においては,当該製法要件については,発明の対象となる物の構成を特定するための要件として,どのような意味を有するかという観点から検討して,これを判断する必要はあるものの,それ以上に,その製造方法自体としての新規性あるいは進歩性等を検討する必要はないのである。
    そうである以上,物の発明である本件訂正発明に特許を付与する要件となる新規性あるいは進歩性等を判断するに当たっては,本件製法要件は,本件訂正発明の構成を特定する要件としては,上記の程度の意味しか有していないことを前提とした上で,これを判断すべきことになるのは,当然である。

  2. 本件訂正発明の「滴下或いは噴霧」との要件(取消事由1),は,本件製法要件中の要件であり,また,固形化過程において「湿式粉砕機」によって粉砕する行程を必須の要件とするかどうかも(取消事由2),製造方法そのものに関する事柄であり,いずれも本件訂正発明の対象となる物の構成,すなわち「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは,本件訂正明細書の上記記載から明らかである。物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり,このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについての議論をする必要は全くないのであるから,原告の主張する上記取消事由は,いずれも主張自体において既に失当である。

  3. 本件訂正発明の「ゲル化し,溶媒を留去して多孔質の粉粒体と」するとの要件(取消事由3)及び「非或いは貧溶媒として,n-ヘプタン,シクロヘキサン,ベンゼン又はトルエンを・・・加え」との要件(取消事由5)は,いずれも,本件製法要件中の要件であって,本件訂正発明の対象となる「重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成形材料」を特定する上では特段の意味を有しない要件であることは,前述のとおり,本件訂正明細書の記載から明らかである。物の発明である本件訂正発明の特許要件を論ずるに当たり,このような物の構成を特定する上で特段の意味のない製法要件に関し,製造方法としての新規性あるいは進歩性等があるかどうかについて議論をする必要は全くないこと,及び,審決が,本来,判断する必要のない本件製法要件に係る上記要件についても念のために判断したにすぎない,と評価し得るものであることは,前述のとおりである。

  4. 本件訂正明細書の現実の記載を離れて,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(原告のいう「製法限定付きの「物」の発明」)についての一般論としてみる限り,本件訂正発明のポリマー樹脂を原告主張のようなものとして理解するのが合理的である場合も十分存在し得るということができよう。しかし,問題は,本件訂正明細書において,本件製法要件がどのような意味を有するものとされているか,ということである。この問題を離れて,一般論のみによって,本件製法要件が本件訂正発明のポリマー樹脂を技術的に特定していると認めることはできないのである。そして,本件訂正明細書には,本件製法要件の有する技術的意義に関するものとしては,「コンパクトディスク用のポリカーボネート成形材料においては従来問題とされなかった成分であるハロゲン化炭化水素が記録膜を腐食破損させる原因となっていることを見出し」,ハロゲン化炭化水素を低減させる本件製法要件記載の製法により,「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」との構成の本件訂正発明に至ったとの記載はある反面,原告主張のように,本件訂正発明のポリカーボネート樹脂が,ポリマーの密度や結晶性や立体的な配置などの各種の複雑な性状等によりその特性が特定されるものであることを述べた記載も,このことを示唆する記載もなく,まして,このことを前提に,本件訂正発明は,「ポリカーボネート樹脂中に含有される重合溶媒であるジクロロメタンが1ppm以下である光ディスク用ポリカーボネート成型材料」すべてであるわけではなく,その中の一部である本件製法要件により製造されたものに限られることを述べた記載,あるいは,これを示唆する記載はない。いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの形により特許を得ようとする者は,発明の対象を製法としないで物とすることを何らかの理由で自ら選択した以上,当該物は当該製法によって製造されたものに限られることを主張しようとするなら,そのことを出願に係る明細書において明示すべきであり,それをしないで,明細書の記載を他の解釈の余地を残すものとしておきながら(例えば,侵害訴訟において,当該発明の対象となる物は,当該製法によって製造されたものには限られない,等の主張をすることが考えられる。),このような主張をすることは,許されないというべきである。結局のところ,原告の本件訂正発明に関する上記主張は,本件訂正明細書に基づかない主張というべきであり,同主張を採用することはできない。

  5. これらのこと(各刊行物の記載)を前提にすれば,本件訂正発明において,ジクロロメタンの含有量を1ppm以下とすることは,有害であるとされる不純物である反応溶媒の含有量の限界値を設定したということ以上の意味を持ち得ないことが,明らかである。このような値の設定は,分析機器の性能及び不純物の除去のための費用を勘案することにより決定されることであって,当業者が当然に行うことである。
    刊行物2の上記教示に接した当業者は,光学用ポリカーボネート樹脂を代表的な光学用途の一つである光ディスクに使用する際には,光ディスクの長期安定性を改善するためには,樹脂中に残留する反応溶媒(重合溶媒),すなわち,ジクロロメタン等のハロゲン化炭化水素の量を,「ガスクロマト分析」で「検知限界以下」とすべきことに,容易に想到し得るものというべきである。
    このように構成につき容易想到性が認められる発明に対して,それにもかかわらず,それが有する効果を根拠として特許を与えることが正当化されるためには,その発明が現実に有する効果が,当該構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを要するものというべきである。そして,本件全証拠によっても,本件訂正発明が現実に有する効果が,本件訂正発明の構成のものの効果として予想されるところと比べて格段に異なることを認めるに足りる証拠はない。


2003年4月
エスエス国際特許事務所

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