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特許法・実用新案法 関連判決
平成26年(行ケ)第10145号

ローソク事件

誤記の訂正
管轄:
判決日:
平成27年3月25日
事件番号:
平成26年(行ケ)第10145号
キーワード:
誤記の訂正

第1 前提となる事実

1 特許庁における手続の経緯


被告は,発明の名称を「ローソク」とする特許出願をし,平成23年5月13日付け手続補正書により,特許請求の範囲及び明細書についての補正(以下「本件補正1」という。)を行い,また,同年10月21日付け手続補正書により,特許請求の範囲及び明細書についての補正(以下「本件補正2」という。)を行い,平成24年4月13日,設定登録(特許第4968605号)を受けた(以下「本件特許」という。)。

原告らは,平成24年11月29日,特許庁に対し,本件特許の全ての請求項について無効にすることを求めて審判の請求をしたところ,被告は,平成25年9月20日付け訂正申立書により,特許請求の範囲及び明細書についての訂正請求(訂正事項は,特許請求の範囲について1,明細書について6の合計7。以下,「訂正事項1」ないし「訂正事項7」といい,併せて「本件訂正」という。)をした。

特許庁は,上記請求を無効2012-800197号事件として審理をした結果,平成26年5月9日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を,同月19日,原告らに送達した。

2 特許請求の範囲の記載


  1. 出願時の特許請求の範囲
    本件特許の出願時の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,出願時の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本件補正前発明」という。また,出願時の願書に最初に添付した明細書及び図面を併せて「本件当初明細書」という。)。
    「ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該突出した燃焼芯にワックスが被覆され,かつ燃焼芯の先端部のワックス被覆量が,他の突出部に被覆されたワックスの被覆量に対し,5~50%であることを特徴とするローソク。」
  2. 設定登録時の特許請求の範囲
    本件特許の設定登録時(本件補正2後,本件訂正前)の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(出願時からの補正部分には,下線を付した。以下,本件補正2後,本件訂正前の本件特許の明細書及び図面を併せて「本件特許明細書」という。)。
    「ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去するとともに,該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。」
  3. 本件訂正後の特許請求の範囲
    本件特許の本件訂正後の請求項1及び2に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1及び2に記載された発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明2」といい,併せて「本件発明」という。訂正部分には,下線を付した。なお,請求項2については,請求項1の記載の訂正を引用する部分以外の訂正はない。)。

    「【請求項1】
    ローソク本体から突出した燃焼芯を有するローソクであって,該燃焼芯にワックスが被覆され,かつ該燃焼芯の先端から少なくとも3mmの先端部に被覆されたワックスを,該燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量に対し,ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させるとともに,該燃焼芯の先端部に3秒以内で点火されるよう構成したことを特徴とするローソク。」

    【請求項2】
    該燃焼芯の先端部がほぐされていることを特徴とする請求項1記載のローソク。」

3 本件訂正の内容

本件訂正のうち,訂正事項1,2,5,6の内容は以下のとおりである。
  1. 訂正事項1
    特許請求の範囲の請求項1に「ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去する」とあるのを,「ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」に訂正する。
  2. 訂正事項2
    本件特許明細書の段落【0005】に「ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去する」とあるのを,「ワックスの残存率が19%~33%となるようこそぎ落とし又は溶融除去することにより前記燃焼芯を露出させる」に訂正する。
  3. 訂正事項5
    本件特許明細書の段落【0025】に「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した」とあるのを,「刺抜きでこそぎ落した」に訂正する。
  4. 訂正事項6
    本件特許明細書の段落【0025】に「先端部のワックスがそぎ落とされた燃焼芯の重量から先端部に残ったワックスの被覆量を算出したところ,6本とも先端部のワックス被覆量は,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%であった。」とあるのを削除する。

第2 裁判所の判断

当裁判所は,原告らの取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)の主張には理由があり,審決にはこれを取り消すべき違法があるものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

<訂正事項5および6について>


  1. 原告らは,訂正事項5及び6は,誤記の訂正として認められたものであるが,当業者である被告も訂正前の記載(本件補正1後の記載)が補正前の記載事項と技術的に相容れない事項とはみなしていないのであり,同補正が錯誤によりされたということはできないから,審決の判断には誤りがあると主張する。
  2. そこで検討するに,訂正事項5及び6は,・・・本件特許明細書の段落【0025】中に,「実施例2と同一方法でスチール製のつめ状具でこそぎ落した」とあるのを,「刺抜きでこそぎ落した」に訂正し(訂正事項5),また,「先端部のワックスがそぎ落とされた燃焼芯の重量から先端部に残ったワックスの被覆量を算出したところ,6本とも先端部のワックス被覆量は,燃焼芯の先端部以外の部分に被覆されたワックスの被覆量の24%であった。」とあるのを削除する(訂正事項6)ものである。そして,・・・各訂正前の段落【0025】の各記載は,本件補正1による補正F1及び補正F3に係る補正により記載されたものである。

    誤記の訂正が認められるためには,まず,特許明細書又は特許請求の範囲に「誤記」,すなわち,誤った記載が存在することが必要である。しかし,・・・補正F1は,本件当初明細書に,段落【0025】の各実験例の燃焼芯の作製方法について「(ワックスを)刺抜きでこそぎ取った」と記載していたのを,「(ワックスを)スチール製のつめ状具でこそぎ落した」と言い換え,実施例2とこそぎ落としの方法が同一であることを明瞭にしたものであり,補正F3は,本件当初明細書には,段落【0025】の各実験例の燃焼芯からワックスをこそぎ取った割合(ワックスの残存率)が明らかにされていなかったのを,ワックス残存率が24%であることを明らかにしたものであり,これらの補正内容自体が誤ったものであるとも,補正後の記載事項が,補正前に記載されていた事項と技術的に相容れない事項であるとも認められないから,そもそも,補正F1又は補正F3に係る補正後の記載内容(本件訂正前の記載内容)自体に,誤りがあるとは認められない。なお,訂正の経過をみても,被告は,本件訴訟に先立つ無効審判請求において,原告らから,補正F1及びF3が新規事項の追加に当たるとの無効理由が主張されたのに対し,当初これを争い,補正F1及びF3は新たな技術的事項を導入するものではない旨主張していたものの,審決の予告において,これらの補正が特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていないとの審判合議体の判断が示されたため,初めて,本件補正1後の記載を補正前の記載に戻すために,訂正事項5及び6の訂正を請求するに至ったものであり,被告自身も,本件補正1後の記載内容自体が誤っている,との主張をしているものではない。
    そうすると,補正F1及びF3に係る補正後の記載を,補正前の記載に戻すための訂正事項5及び6は,「誤記」の訂正に当たるとは認められず,審決の判断は,その前提において誤りがあるというべきである。
  3. これに対し,被告は,訂正事項5,6は,実質的に明細書の記載を,本件補正1前の記載に戻すことを目的とするものであり,かつ,当該訂正は特許請求の範囲の記載の解釈に影響を及ぼすものではないから,誤記の訂正として認めても第三者の不測の不利益は生じず,他方,審決も述べるとおり,このような訂正を認めることは,権利内容の一部に瑕疵があったことにより,特許全体が無効にされることを回避するという訂正制度の趣旨に合致するものであるから,誤記の訂正と解されるべきである旨主張する。また,審決も,訂正の請求に関する規定は,特許明細書等の内容は登録後みだりに変更されるべきものではないが,特許権の登録後にその権利内容の一部に瑕疵があるため,有効な部分までもが併せて無効になってしまうことは権利者にとって酷であることから,その瑕疵を是正して無効理由や取消事由を除去することができる途を開く必要があるという,相反する要請を調和させるものとして設けられた規定であることに鑑みても,訂正事項5及び6の訂正は,誤記の訂正に該当するものとするのが至当である旨述べる。

    しかし,訂正制度の趣旨が,被告や審決の述べるような趣旨のものであることはそのとおりであるものの,特許法は,そのような相反する要請の調和を図る具体的な範囲として,同法134条の2第1項ただし書の各号に掲げる事項を目的とするものに限って訂正を認めているのであり,同項2号の「誤記又は誤訳の訂正」とは,その文言上,記載内容自体が誤っているときに,その記載を正しい記載内容に訂正することを意味することが明らかであるから,記載内容自体が誤っていない記載の訂正を,同号に含めることはできない。したがって,被告の主張を採用することはできない。
  4. 以上によれば,訂正事項5及び6を認めた審決の判断には誤りがあるから,原告ら主張の取消事由1は理由がある(なお,訂正事項5及び6は,本件特許明細書の段落【0025】に係るものであるが,段落【0025】は,請求項1に係る発明についての説明であるとともに,請求項1を従属項とする請求項2の説明でもあるから,訂正事項5及び6についての判断の誤りは,本件訂正を全体として取り消すべき理由に当たるといえる。)。

第3 結論

以上のとおり,原告らの取消事由1の主張には理由があり,本件訂正を認めた審決の判断の誤りが審決の結論を左右することは明らかであるから,審決は取り消されるべきである。

2015年10月27日
エスエス国際特許事務所

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