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特許法・実用新案法 関連判決
平成25年(行ケ)第10299号

液体調味料の製造方法事件

サポート要件、実施可能要件、訂正要件
管轄:
判決日:
平成25年4月11日
事件番号:
平成25年(行ケ)第10299号
キーワード:
サポート要件、実施可能要件、訂正要件

第1事案の概要


1.特許庁における手続の経緯


本件は,原告が,被告が有する本件特許(特許第4767719号)の請求項1ないし9に係る発明について,特許無効審判を請求し,被告は,本件特許に係る請求項1,2及び6について訂正を請求した(以下「本件訂正」という。また,本件訂正により訂正された発明を請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。)ところ,特許庁が「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をしたことから,原告が,その取消しを求めた事案である。

2.特許請求の範囲の記載


本件訂正後の本件発明の特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(注;請求項2以降は省略)。なお,下線部分は,本件訂正に係る箇所である。
【請求項1】
工程(A):生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質とを混合する工程と,
工程(B):工程(A)の後に生醤油を含む調味液と,コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチドから選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質との混合物をその中心温度が60~90℃になるように加熱処理する工程
を行うことを含む液体調味料の製造方法。

3.本件審決の理由の要旨


本件審決の理由は,要するに,
①本件訂正は、平成23年法律第63号による改正前の特許法(以下「法」という。)
134条の2第1項ただし書及び同条5項において準用する法126条3項,4項の規定に適合するので適法である,
②本件明細書の発明の詳細な説明は、特許法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)を満たす,
③本件発明は、同条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たす,
などというものである。

4.取消事由


(1)訂正要件の認定の誤り(取消事由1)
(2)実施可能要件に係る認定判断の誤り(取消事由2)
(3)サポート要件に係る認定判断の誤り(取消事由3)

第2裁判所の判断


1.取消事由1について



  1. 本件訂正の可否について
    本件訂正は,本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1及び2において「血圧降下作用を有する物質」と記載されていたものを,「コーヒー豆抽出物,及びアンジオテンシン変換阻害活性を有するペプチド(以下「ACE阻害ペプチド」という。)から選ばれる少なくとも1種の血圧降下作用を有する物質」とする訂正を含むものであって,当該訂正は,本件訂正前における発明の「血圧降下作用を有する物質」を上記のようにコーヒー豆抽出物,ACE阻害ペプチド又はこれらの混合物に減縮して特定するものである。
    また,本件明細書は,本件特許に係る発明における血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類及びACE阻害ペプチド等から選択される1種又は2種以上であることが好ましいとしているほか,より好ましいポリフェノール類の例として,クロロゲン酸類を含有するコーヒー豆抽出物についても記載している。さらに,本件出願日前に公開された複数の文献には,ACE阻害ペプチドが血圧降下作用を有する物質である旨の記載がある以上,ACE阻害ペプチドが血圧降下作用を有する物質であることは,本件出願日当時の当業者の技術常識であったものと認められる。
    したがって,本件訂正による特許請求の範囲の請求項1及び2に係る訂正は,いずれも,当業者によって,明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるといえるから,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものといえる。

  2. 原告の主張について
    原告は,本件明細書にはACE阻害ペプチドを用いる場合の実施例がない以上,当業者であっても技術的事項を導き出すことができないから,本件訂正による特許請求の範囲の請求項1及び2に係る訂正が新規事項の追加に該当し,本件発明と類似する出願の審査においても同様の判断が示されていると主張する。
    しかしながら,・・・訂正の要件との関係では,ACE阻害ペプチドの実施例がないからといって,明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものでなくなるというものではない。また,本件における訂正の適否は,本件発明及び本件明細書の記載に基づいてすれば足り,他の特許出願における拒絶理由通知書の有無等が本件における判断を左右するものでないことは,明らかである。
    よって,原告の上記主張は,採用することができない。

  3. 小括
    以上のとおり,本件訂正による特許請求の範囲の請求項1及び2に係る訂正は,法134条の2第1項ただし書及び同条5項において準用する法126条3項,4項の規定に適合するものであり,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。


2.取消事由2について



  1. 実施可能要件について
    特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載したもの」でなければならないと規定している。
    そして,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいうから(特許法2条3項2号),方法の発明については,明細書にその発明の使用を可能とする具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその方法を使用することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。また,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(同項1号),物の発明については,明細書にその物を製造する方法についての具体的な記載が必要であるが,そのような記載がなくても明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識に基づき当業者がその物を製造することができるのであれば,上記の実施可能要件を満たすということができる。

  2. 本件発明の実施可能要件の適否について
    本件発明1ないし8は,いずれも方法の発明であるが,その特許請求の範囲の記載にある「生醤油」,「コーヒー豆抽出物」,「ACE阻害ペプチド」及び「液体調味料」については,いずれも本件明細書に具体的にその意義,製造方法又は入手方法が記載されている。また,本件発明1ないし8の方法は,上記「生醤油」を含む調味料と,「コーヒー豆抽出物」及び「ACE阻害ペプチド」から選ばれる少なくとも1種の原材料(本件発明1~5)あるいは専ら「コーヒー豆抽出物」(本件発明6~8)を混合し,特定の温度(及び時間)で加熱処理し,あるいは混合しながら同様に加熱処理し,更にその後に充填工程を行うというものであるが,これらの具体的手法は,いずれも本件明細書に記載されている。
    したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載があるといえる。
    また,本件発明9は,本件発明1ないし8のいずれかの方法により製造した液体調味料という物の発明であるが,以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,これに接した当業者が本件発明1ないし8の使用を可能とする具体的な記載がある以上,当業者は,本件発明9を製造することができるものといえる。

  3. 小括
    以上のとおり,本件発明は,特許法36条4項1号の実施可能要件に適合するものであって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。


3.取消事由3について



  1. サポート要件について
    特許法36条6項1号には,特許請求の範囲の記載は,「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したもの」でなければならない旨が規定されている。
    そして,特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否か,あるいは,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものであるか否かを検討して判断すべきものである。

  2. 本件発明のサポート要件の適否について
    ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類,ACE阻害ペプチド等が列記されているところ,ポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸類を含有するコーヒー豆抽出物の入手方法等についても記載があるほか,ACE阻害ペプチドの具体例や入手方法等についても具体的な記載がある。そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,液体調味料の加熱処理を行う前にこれらの血圧降下作用を有する物質を液体調味料に混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの方法について,加熱処理の際の温度等を含めて具体的に記載しており,これらは,いずれも本件発明1ないし8の特許請求の範囲の記載に対応するものであるといえるほか,これらの方法により本件発明9の液体調味料の製造が可能であることは,前記のとおりである。
    したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるということができる。

    イ 本件発明は,醤油を含む液体調味料に,ACE阻害ペプチド又はクロロゲン酸類を有効成分とするコーヒー豆抽出物等の血圧降下作用を有する物質を多量に配合すると,血圧降下には有利に働くものの,風味に変化が生じ,その結果,液体調味料の継続摂取が困難になるという課題(より具体的には,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するという課題)を解決するため,液体調味料の加熱処理を行う前に血圧降下作用を有する物質であるACE阻害ペプチド(本件発明1~5,9)又はコーヒー豆抽出物(本件発明1~9)を混合し,次いで加熱処理を行うか,あるいはこれらの物質を混合しながら液体調味料を加熱処理するなどの手段を採用することで,これにより,血圧降下作用を有する物質を日常的に摂取する食品である液体調味料に配合した場合の風味変化を改善し,風味の一体感付与を図り,メニューによる風味の振れが少なくて継続的な摂取が容易な,血圧降下作用等の薬理作用を高いレベルで発揮する液体調味料(本件発明9)及びその簡単な製造方法(本件発明1~8)を実現するという作用効果を有するものである。
    したがって,本件発明においては,血圧降下作用を有する物質が混合され,上記のように加熱処理された液体調味料の風味変化が改善されるのであれば,その課題が解決されたものとみて差し支えないといえる。

    ウ そこで,本件明細書について,その発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を上記のとおり解決できると認識できるものであるか否かを検討すると,そこには,コーヒー豆抽出物を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合(本件発明1~9)に,液体調味料の風味変化を改善し,もって本件発明の課題を解決できることが実施例をもって記載されているから,この場合に本件発明の課題を解決することができることが示されているといえる。

    エ 他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例の記載がない。
    また,本件明細書の発明の詳細な説明には,血圧降下作用を有する物質として,ポリフェノール類,ACE阻害ペプチド,交感神経抑制物質,食酢・・・等が列記されており,コーヒー豆抽出物がポリフェノール類の一種であるクロロゲン酸類を含有しており,γ-アミノ酪酸が交感神経抑制物質の一種であることのほか,コーヒー豆抽出物又はγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合にも,液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが実施例をもって記載されている。
    しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明に列記された上記血圧降下作用を有する物質の間には,その化学構造に何らかの共通性を見いだすことができず,その風味にも共通性が見当たらないばかりか,発明の詳細な説明において実施例について記載のあるクロロゲン酸類及びγ-アミノ酪酸は,いずれもACE阻害ペプチドと共通する化学構造を有するものではなく,また,ACE阻害ペプチドと共通する風味を有するものでもないことに加え,上記血圧降下作用を有する物質の風味とその血圧降下作用に関連性がないこともまた,技術常識に照らして明らかである。
    以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明に,コーヒー豆抽出物及びγ-アミノ酪酸を本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合して加熱処理した場合の実施例があり,それにより液体調味料の風味変化を改善し,本件発明の解決すべき課題を解決できることが示されているとしても,これらは,ACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混合し加熱処理した場合に,液体調味料の風味変化の改善という本件発明の解決すべき課題を解決できることを示したことにはならない。

  3. 原告の主張について
    原告は,本件発明が血圧降下作用を有する物質の混合による風味変化の改善と,血圧降下作用の発揮という相反する課題を同時に解決しようとするものであることから,コーヒー豆抽出物についての適切な配合量の上限値及び下限値が存在するはずであるところ,このような配合量の限定がない本件発明は発明の課題が解決できることを当業者が認識できないものであって,サポート要件に違反すると主張する。
    しかしながら,本件発明の課題は,血圧降下作用を有する物質を液体調味料に配合した場合に,風味変化を改善するというものであり,液体調味料に配合するコーヒー豆抽出物の量については,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者であれば,配合するコーヒー豆抽出物の量が少なければ血圧降下作用が限定される一方,その量が多ければ風味変化の改善が限定されることを理解することができるから,風味変化の改善等を図るためにその配合量を調整することが容易に可能である。したがって,本件発明の特許請求の範囲の記載に配合量の上限値及び下限値の記載がないからといって,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件発明がその解決すべき課題を解決できるものと認識できないとみることはできない。

  4. 被告の主張について
    ア 被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,本件明細書には好ましいACE阻害ペプチドの種類,血圧降下作用が期待できるACE阻害活性の具体的な濃度の数値,ACE阻害ペプチドの市販品等が具体的に記載されていると主張する。しかしながら,これらの記載は,ACE阻害ペプチドを混合し加熱処理をした液体調味料の風味変化が改善されるか否かとは無関係の事項であって,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たすか否かとは,関係のない記載であるというほかない。

    イ 被告は,本件発明1ないし5及び9がサポート要件を満たす根拠として,ACE阻害ペプチドを添加して加熱処理した液体調味料の風味が改善されたことを示す本件出願後に行われた試験結果の報告書が,本件明細書に記載された技術的内容を確認し,かつ,裏付けるものであると主張する。しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明には,その他にACE阻害ペプチドを本件発明における血圧降下作用を有する物質として液体調味料に混同して加熱処理をした場合に,上記課題が解決されたことを示す記載はなく,また,このことを示す技術常識も見当たらない以上,サポート要件の適否の判断に当たって,本件出願後にされた試験の結果を参酌することはできない。

  5. 小括
    以上によれば,血圧降下作用を有する物質として専らコーヒー豆抽出物を使用した本件発明6ないし8はサポート要件を満たすものといえる一方,血圧降下作用を有する物質としてACE阻害ペプチドを使用する場合を包含する本件発明1ないし5及び9は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるといえるが,発明の詳細な説明の記載により当業者がその課題を解決できると認識できるものではなく,また,当業者が本件出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できるものであるともいえないから,サポート要件を満たすものとはいえない。
    よって,本件発明6ないし8に関する本件審決の判断に誤りはないものの,本件発明1ないし5及び9に関する本件審決の判断には,誤りがあり,取消しを免れない。


2013年7月29日
エスエス国際特許事務所

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