第1 事案の概要
1.特許庁における手続の経緯等
原告は,平成22年8月10日に出願(特願2010-179294号。平成15年12月22日に出願された特願2003-425862の分割出願。優先日同年8月5日)(以下,この優先日を「本件優先日」という。)され,平成23年12月9日に設定登録された,発明の名称を「帯電微粒子水による不活性化方法及び不活性化装置」とする特許第4877410号(以下「本件特許」という。設定登録時の請求項の数は6である。)の特許権者である。
被告は,平成24年1月31日,特許庁に対し,本件特許の請求項全部について無効にすることを求めて審判の請求(無効2012-800008号事件)をしたところ,特許庁が同年8月2日無効審決をしたため,原告は,同年9月10日,審決取消訴訟を提起した(当庁平成24年(行ケ)第10319号)。その後,原告が,同年12月7日,特許庁に対し訂正審判請求をしたことから,知的財産高等裁判所は,平成25年1月29日,平成23年法律第68号による改正前の特許法181条2項に基づき,上記審決を取り消す旨の決定をした。原告は,平成25年2月18日,本件特許の請求項1及び4を削除し,請求項2を請求項1と,請求項3を請求項2と,請求項5を請求項3と,請求項6を請求項4とした上で各請求項につき特許請求の範囲の訂正を請求した(以下「本件訂正」という。)。特許庁は,平成25年5月8日,「訂正を認める。特許第4877410号の請求項1ないし4に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その謄本を,同月17日原告に送達した。
2.特許請求の範囲の記載
本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載注)は,次のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件訂正特許発明1」,請求項2に係る発明を「本件訂正特許発明2」などといい,これらを総称して「本件訂正特許発明」という。また,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件特許明細書」という。)。注)請求項2~4については記載を省略
【請求項1】大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmの帯電微粒子水を生成し,花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化することを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法であって,前記帯電微粒子水は,室内に放出されることを特徴とし,さらに,前記帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいることを特徴とする帯電微粒子水による不活性化方法。
3.審決の理由
- 審決の理由の要旨は,本件訂正特許発明1は,「岩本成正ら,静電霧化を用いた消臭技 術の研究, 第20回エアロゾル科学・技術研究討論会論文集, 日本,日本エアロゾル学会, 2003年7月29日,pp.59-60,発表番号D08」(甲1,以下「引用刊行物」という。)記載の発明(以下,審決が本件訂正特許発明1と対比するに当たり認定した引用刊行 物記載の発明を「甲1発明1」という。),並びに,特開2001-96190号公報(甲2。 以下「甲2公報」という。),特開2002-11281号公報(甲3。以下「甲3公報」とい う。)及び特開2003-17297号公報(甲4。以下「甲4公報」という。)の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,というものである。
- 上記(1)の結論を導くに当たり,審決が認定した甲1発明1の内容,甲1発明1と本件訂正特許発明1との一致点及び相違点は以下のとおりである。
ア 甲1発明1の内容
引用刊行物には,「静電霧化装置をチャンバー内で運転して水を静電霧化して,粒径計測で20nm付近をピークとして,10~30nmに分布を持つ帯電微粒子水を生成し,チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭する帯電微粒子水による消臭方法。」(甲1発明1)が記載されている。
イ 本件訂正特許発明1と甲1発明1について
(ア) 一致点
「大気中で水を静電霧化して,粒子径が3~50nmの帯電微粒子水を生成する方法。」
(イ) 相違点
a 相違点1a
「本件訂正特許発明1は,帯電微粒子水を花粉抗原,黴,菌,ウイルスのいずれかと反応させ,当該花粉抗原,黴,菌,ウイルスの何れかを不活性化する帯電微粒子水による不活性化方法であるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水により室内の空間臭,付着臭を消臭する消臭方法である点。」
b 相違点1b
「本件訂正特許発明1では,帯電微粒子水は,室内に放出されるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,チャンバー内に放出される点。」
c 相違点1c
「本件訂正特許発明1では,帯電微粒子水は,ヒドロキシラジカル,スーパーオキサイド,一酸化窒素ラジカル,酸素ラジカルのうちのいずれか1つ以上のラジカルを含んでいるのに対し,甲1発明1では,帯電微粒子水が,そのようなものであるか明らかでない点。」
第2 裁判所の判断
1.審決の認定判断について
- 審決は,甲4公報に高電圧により大気中で水を静電霧化して生成された帯電微粒子水がOHラジカル等のラジカルの発生を伴うことが記載されていることを前提に,甲1発明1の内容を解釈するに当たり,本件特許明細書の【0031】ないし【0033】,【0041】及び【0042】の記載,本件特許明細書の図5(引用刊行物にも,Fig.6として同内容の図が記載されている。)の記載と引用刊行物の記載事項を照らし合わせた上で,引用刊行物に記載されたものが,本件特許明細書に記載されたものと同様の構成の静電霧化装置によって水を霧化させ,粒径計測で20nm付近をピークとして10nmないし30nmに分布を持つ帯電微粒子水を得ているものであるとし,甲1発明1における帯電微粒子水は本件訂正特許発明1と同様にOHラジカル等のラジカルを含んでいると考えるのが妥当である,との認定判断をしている。
しかし,上記審決の認定判断は,甲1発明1の内容を解釈するために本件特許明細書の記載を参酌しているところ,本件優先日時点においては本件特許明細書は未だ公知の刊行物とはなっておらず,当業者においてこれに接することができない以上,甲1発明1の内容を解釈するに当たり,本件特許明細書の記載事項を参酌することができないことは明らかである。
そして,ラジカルは,活性であるために,非常に不安定な物質で空気中では短寿命であり,拡散距離も短いとされていたのに対し,甲1発明1は22㎥チャンバー内を消臭するものであること,引用刊行物においても,チャンバー内の空間臭,付着臭を消臭するメカニズムにつき,ガス成分の水微粒子への溶解と推察していることに照らすと,本件特許明細書に記載された図と同内容のFig.6の粒子分布が引用刊行物に記載されているとしても,本件優先日時点の当業者において,上記粒子分布を有する引用刊行物記載の帯電微粒子水がラジカルを含むものであることを認識することができたものとは認められない。
加えて,甲4公報からは,静電霧化を行うことにより,OHラジカルやOラジカルが発生することは認識し得るとしても,同公報の記載からは水がラジカルを含むものであるかについては明らかではない上に,甲4公報記載の発明においては,ラジカルの発生は局所的なものであり,帯電微粒子水を生成して放出することを意図したものとは認められないことに照らすと,甲4公報を参酌したとしても,本件優先日当時の当業者において,引用刊行物の帯電微粒子中にラジカルが含まれることが記載されているとか,記載されているに等しいと認識できるということはできない。また,上記の事実に照らすと,帯電微粒子水を生成してチャンバー内に放出することを前提とする甲1発明1に甲4公報記載の発明を組み合わせる動機付けも認め難い。なお,甲2公報及び甲3公報におけるラジカルの発生方法は,引用刊行物記載の方法と異なる上に,いずれの公報にも水微粒子とラジカル種との関係については開示がなく,また,ラジカル種が長寿命であることについての開示もない以上,甲2公報及び甲3公報の記載事項を考慮したとしても上記認定は左右されない。 - そうすると,甲2公報ないし甲4公報の記載を踏まえたとしても,本件訂正特許発明1と甲1発明1との間の相違点1cは実質的な相違点ではないとはいえないし,かつ,上記相違点につき,甲1発明1及び甲2公報ないし甲4公報の記載事項に基づいて当業者が容易に想到し得たものということもできない。
2.被告の主張について
被告は,審決は,引用刊行物に記載された帯電微粒子水が本来有する特性を本件訂正特許発明1の帯電微粒子水と比肩して認定するために,本件特許明細書の記載を参酌しているにすぎないし,引用刊行物に記載された帯電微粒子水にラジカルが含まれることは,甲第12号証及び乙第6号証のとおり引用刊行物の実質的な追試結果によっても示されているなどと主張し,審決の判断は誤りではない旨主張する。
しかし,上記1において認定したところに照らすと,当業者が,本件優先日時点において,引用刊行物記載の帯電微粒子にラジカルが含まれていることを帯電微粒子水が本来有する特性として把握していたと認めることはできない。なお,甲第12号証及び乙第6号証の記載についても,あくまで追試時点の結果を示すものであり,本件優先日時点において当業者が引用刊行物記載の帯電微粒子水にラジカルが含まれていることを認識できたことを裏付けるものとはいえない。したがって,本件訂正特許発明1について新規性がないとか進歩性がないなどということはできない。
また,被告は,審決の認定判断手法に誤りはない旨種々主張するが,上記1において認定したところに照らすといずれも採用することはできない。
よって,被告の上記主張はいずれも採用することはできない。
第3 結論
以上によれば,審決には取り消すべき違法がある。よって,審決を取り消す。
2014 年 6 月 30 日
エスエス国際特許事務所
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