第1 事案の概要
1.特許庁における手続の経緯
原告は,平成11年3月16日,名称を「加圧下に液体を小出しする装置」とする発明につき特許出願(特願2000-536650号)をしたが,平成21年1月22日付けで拒絶理由が通知され,同年7月27日付けで手続補正をしたが,同年12月14日付けで拒絶理由が通知され,平成22年3月23日付けで手続補正をしたが,同年4月12日付けで拒絶理由が通知され,同年10月20日付けで手続補正をしたが,同年11月10日付けで拒絶理由が通知され,平成23年3月16日付けで手続補正をしたが,同年7月8日付けで拒絶査定を受けたので,同年11月14日付けでこれに対する不服の審判(不服2011-24538号)を請求するとともに,同日付けで手続補正をした(本件補正)。
特許庁は,平成24年10月11日,本件補正を却下した上で,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月23日,原告に送達された。
2.本願発明の要旨
- 補正前発明
本件補正前の本願発明(平成23年3月16日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1,補正前発明)は,以下のとおりである。
「【請求項1】
第1室(4,104,204,304)と第2室(16,116,216,316)を有する容器を含み,・・・・(省略)・・・・圧力制御手段(8;17,117,217,317)が,第1室(4,104,204,304)内に大気圧より0.1~2バール過剰の圧力を与え且つ保つように設定されていることを特徴とする炭酸飲料の小出し装置(1,101,201,301)。」 - 補正発明
本件補正後の本願発明(平成23年11月14日付け手続補正書の特許請求の範囲の請求項1,補正発明)は,以下のとおりである。
「【請求項1】
第1室(4,104,204,304)と第2室(16,116,216,316)を有する容器を含み,・・・・(省略)・・・・圧力制御手段(8;17,117,217,317)が,第1室(4,104,204,304)内に大気圧より0.1~2バール過剰の圧力を与え且つ保つように設定されており,
炭酸飲料(3)はビールであり,小出し管(13,234)が容器の頂部の弁から容器の周囲の外側に延びる端部まで延び,容器が卓上に直立して延びるとき,グラスを前記端部の下方に配置することを特徴とする炭酸飲料の小出し装置(1,101,201,301)。」(下線は補正箇所を示す。)
3.審決の理由の要点
審決は,「補正発明は,・・・特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない」,「補正前発明も,・・・同様の理由により・・・当業者が容易に発明をすることができたものである。」と判断した。
第2 裁判所の判断
1.手続の経緯と内容について
- 平成22年11月10日付け拒絶理由通知書
・・・・(省略)・・・・ - 平成23年3月16日付け手続補正書
平成23年3月16日付け手続補正書による補正は,平成22年11月10日付け拒絶理由通知書に対してなされたもので,当該補正後の請求項1は,第1の2(1)記載のとおりであり,請求項19は以下のとおりである。
【請求項19】
炭酸飲料はビールであり,小出し管(13,234)が容器の頂部の弁から容器の周囲の外側に延びる端部まで延び,容器が卓上に直立して延びるとき,グラスを前記端部の下方に配置することを特徴とする請求項1記載の装置。 - 平成23年7月8日付けの拒絶査定
平成23年7月8日付けの拒絶査定には,以下のとおり記載されている。
この出願については,平成22年11月10日付け拒絶理由通知書に記載した理由1.によって,拒絶をすべきものです。・・・・(省略)・・・・
備考
引用文献1には,・・・・(省略)・・・・設計的事項である。したがって,請求項1に係る発明は,引用文献1ないし9に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。また,請求項2ないし18,21ないし26,29ないし33に係る発明も,引用文献1ないし11に記載された発明に基いて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 - 平成23年11月14日付け手続補正書
平成23年11月14日付け手続補正書による補正(本件補正)は,審判請求書に記載されているように,平成23年7月8日付けの拒絶査定の拒絶理由を解消するためにされたもので,本件補正後の請求項1は第1の2(2)記載のとおりである。 - 審決
審決は,本件補正について,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当すると認定した上で(平成18年法律第55号改正附則3条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法17条の2第4項2号),前記のとおり独立特許要件違反であると判断して(同法17条の2第5項において準用する同法126条5項。補正が特許請求の範囲の減縮(同条4項2号)を目的とするものでなければ,独立特許要件違反による補正却下はできない。),本件補正を却下するとともに(同法159条1項の規定において読み替えて準用する同法53条1項),補正前発明について,進歩性がないと判断して,拒絶審決をした。
2.手続の違法性について
本件出願に係る平成23年7月8日付けの拒絶査定は,上記1(3)に記載のとおり,請求項1~18,21~26,29~33に係る発明は特許を受けることができないとするもので,請求項19に係る発明は拒絶査定の理由となっていない。
平成23年11月14日付け手続補正書による補正(本件補正)は,上記1(4)に記載のとおり,上記拒絶査定の拒絶理由を解消するためにされたもので,本件補正後の請求項(新請求項)1は,原告が審判請求書で主張しているように,本件補正前の請求項(旧請求項)1を引用する形式で記載されていた旧請求項19を,当該引用部分を具体的に記載することにより引用形式でない独立の請求項としたものであると認められる。そうすると,新請求項1は,旧請求項1を削除して,旧請求項19を新請求項1にしたものであるから,旧請求項1の補正という観点からみれば,同請求項の削除を目的とした補正であり,特許請求の範囲の減縮を目的としたものではないから,前記のとおり,独立特許要件違反を理由とする補正却下をすることはできない。
また,旧請求項19の内容は,新請求項1と同一であるから,旧請求項19の補正という観点から見ても,特許請求の範囲の減縮を目的とする補正ではない。したがって,審決は,実質的には,項番号の繰上げ以外に補正のない旧請求項19である新請求項1を,独立特許要件違反による補正却下を理由として拒絶したものと認められ,その点において誤りといわなければならない。
そして,旧請求項19は,拒絶査定の理由とはされていなかったのであるから,特許法159条2項にいう「査定の理由」は存在しない。すなわち,平成22年11月10日付け拒絶理由通知では,当時の請求項19についても拒絶の理由が示されているが,平成23年3月16日付け手続補正により旧請求項19として補正され,その後の拒絶査定では,旧請求項19は拒絶査定の理由とされていない。したがって,審決において,旧請求項19である新請求項1を拒絶する場合は,拒絶の理由を通知して意見書を提出する機会を与えなければならない。しかしながら,本件審判手続において拒絶理由は通知されなかったのであるから,旧請求項19についての拒絶理由は,査定手続においても,審判手続においても通知されておらず,本件審決に係る手続は違法なものといわざるを得ない(なお,仮に,本件補正が,特許請求の範囲の減縮を目的とするものに該当し,条文上,独立特許要件違反を理由に補正却下することが可能とされる場合であったとしても,審決において,審査及び審判の過程で全く拒絶理由を通知されていない請求項のみが進歩性を欠くことを理由として,補正却下することは,適正手続の保障の観点から,許されるものではないと解される。)。
3.被告の主張について
- 被告は,本件補正の目的は,特許請求の範囲の減縮を目的とするもの,すなわち,本件補正は,単純に拒絶査定の備考に明示されていた請求項を「削除」して,当該拒絶査定の備考に明示されていなかった請求項のみに補正するようなものではなく,拒絶査定時に進歩性がないと判断された請求項に係る発明すべてについて,請求項19,27の記載において被引用請求項に対して付加していた事項を付加したものであり,それは補正前後で請求項に記載された発明の産業上の利用分野のみならず解決しようとする課題も同一と評すべき程度の補正であるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものである,と審決で認定した旨を主張する。
しかしながら,上記2で判示したとおり,請求項1についてみれば,本件補正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするものではなく,請求項の削除を目的にしたものであることが明らかであり,審決はそれを誤認したにすぎないものと認められるから,被告の主張を採用する余地はない。 - 被告は,特許法の下では,適正手続のみならず,審査や審判の迅速化が十分に確保することも求められているのであって,手続の適正さと審査,審判における処分の迅速化をバランス良く満たす工夫が必要とされるものであり,たとえ手続上の適正さを欠くと外形上とらえ得る場合であっても,上記バランスの下では,それをもって当然に手続の適法性を失っているとは評すべきでない場合があり,総合的な評価がなされるべきであるから,本件における事情に照らせば,本件の手続は適正である旨を主張する。
上記の被告の主張の趣旨は必ずしも明確ではないが,審査や審判の迅速性が要請される場合には,手続上の適正さを欠く処分であっても許容されることがあると述べるものであるとすれば,行政処分における適正手続の保障の観点から,到底採用できる主張ではない。しかも,本件審判では,上記2で判示したとおり,本件における補正却下の手続が適正さを欠くことは明らかであるから,被告の主張は認めることはできない。 - 被告は,本件の手続において,既に5回の補正の機会を与えているので,更なる補正の機会を与えなかったことは,原告の補正の機会を不当に奪うことには当たらない旨を主張する。
しかしながら,実際に行われた手続補正の回数が多いからといって,本件審判における補正却下の手続が適正さを欠くことが正当化されるものではなく,拒絶理由を通知して補正の機会等を与えなかったという手続上の違法性が解消するものでもないから,被告の主張を採用することはできない。
第3 結論
以上によれば、原告の請求には理由がある。よって,審決を取り消す。
2014 年 5 月 13 日
エスエス国際特許事務所
エスエス国際特許事務所