IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成24年(行ケ)第10076号

ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物事件

サポート要件
管轄:
判決日:
平成24年10月29日
事件番号:
平成24年(行ケ)第10076号
キーワード:
サポート要件

第1事案の概要


本件は、出願人Aが名称を「ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物」とする発明について、特許出願(特願2002-72173号)をしたところ、拒絶査定を受けたので、出願人Aは拒絶査定不服審判(不服2008-14384号)を請求し、その中で特許請求の範囲の変更の補正(本件補正)をしたが、特許庁は、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をしたことから、出願人Aから特許を受ける権利を譲り受けた原告Bがその取消しを求めた事案である。争点は、特許法36条6項1号該当性(サポート要件)の有無である。

第2本願発明の要旨


【本件補正後の請求項1】(本願発明)
「化合物の混合物を含んで成るヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物であって、該化合物の混合物が、式



式中、nは少なくとも0,1,2,および3であり、場合により3より多い、の複数の化合物を含んで成り;そして組成物が非希釈基準で、
(a)3.0重量%未満のオルソ-tert-ブチルフェノール(OTBP)、
(b)3.0重量%未満の2,6-ジ-tert-ブチルフェノール(DTBP)、および
(c)50ppm未満の2,4,6-トリ-tert-ブチルフェノール(TTBP)を含む、上記組成物。」

第3審決の理由の要点


発明の詳細な説明には、本願発明の組成物を具体的に製造し、本願発明の課題を解決できることを確認した例は記載されていないから、本願発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとは認められないし、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから、この出願の特許請求の範囲の記載は、特許法36条6項1号に適合しない。

第4裁判所の判断


1.本願発明の課題


本願明細書によれば、本願発明は、非常に低レベルのOTBP、DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有するヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物に関するものである(【請求項1】、【0001】)。そして、本願明細書の記載(【0001】【0008】【0010】【0020】)からすれば、本願発明の課題は、従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも、向上した酸化安定性、向上した油溶解性、低い揮発性及び低い生物蓄積性を有するものを得ることと認められる。

2.本願明細書の発明の詳細な説明における課題解決の記載


発明の詳細な説明における段落【0008】の記載は、単環フェノールがメチレン架橋化多環フェノールよりも、より揮発性であり、より水溶性であり、油溶解性が低いという当業者の技術常識に沿った記載である。また、段落【0022】の記載は、酸化防止作用を示す成分が揮発することによって減少すれば、組成物の酸化防止能も減少するので、組成物中の揮発性の成分の量を減らすことにより組成物の酸化防止能が向上するという当業者の技術常識に沿った記載である。
このように、発明の詳細な説明には、非常に低レベルのOTBP、DTBP及びTTBPの単環ヒンダードフェノール化合物を含有することによって、従来のメチレン架橋化多環ヒンダードフェノール性酸化防止剤組成物よりも向上した油溶解性を有する組成物を得ることができ、また、低い揮発性を有し、その結果、向上した酸化安定性を有する組成物を得ることができる点が記載されているということができるから、発明の詳細な説明の記載から、本願発明の構成を採用することにより本願発明の課題が解決できると当業者は認識することができる。
したがって、発明の詳細な説明は、請求項1に係る発明について、その発明の課題を解決できると当業者が認識できる範囲のものとして記載されているということができるから、請求項1に係る発明は発明の詳細に記載されているということができる。これとは異なるサポート要件に関する審決の判断には誤りがある。

3.被告の主張に対する個別的判断



  1. 被告は、発明の詳細な説明には、向上した酸化安定性及び低い生物蓄積性という課題を達成し得ることの技術的裏付けが記載されておらず、また、向上した酸化安定性及び低い生物蓄積性の課題を達成し得ることが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないと主張する。
    しかし、技術常識を参酌して発明の詳細な説明の記載をみた当業者が、本願発明の構成を採用することにより、向上した酸化安定性という本願発明の課題が解決できると認識できることは前記のとおりである。
    また、発明の詳細な説明には、生物蓄積性についての課題が解決できることを示す記載はない。しかし、発明の詳細な説明の記載から、本願発明についての複数の課題を把握することができる場合、当該発明におけるその課題の重要性を問わず、発明の詳細な説明の記載から把握できる複数の課題のすべてが解決されると認識できなければ、サポート要件を満たさないとするのは相当でない。

  2. 被告は、本件出願時の技術常識を考慮すると、0~10ppmのトリ-tert-ブチルフェノールの混入物を含むDTBP単量体、すなわち本願発明の原料成分を入手することは困難なものであったから、該DTBP単量体の具体的入手手段について何ら明らかにされていない発明の詳細な説明の記載に基づいて、本願発明の組成物を具体的に製造できるとは到底いえないとか、本願発明の組成物の具体的な製造を確認した例は記載されておらず、これらが技術常識により当然に予想できるとする技術的根拠も記載されていないのであるから、「特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明」であるということはできないと主張する。
    しかし、発明の詳細な説明の記載と出願時の技術常識からは本願発明に係る組成物を製造することはできないというのであれば、これは特許法36条4項1号(実施可能要件)の問題として扱うべきものである。審決は、本件出願が特許法36条6項1号(サポート要件)に規定する要件を満たしていないことを根拠に拒絶の査定を維持し、請求不成立との結論を出したものであるから、被告の上記主張は、審決の判断を是認するものとしては採用することができない。なお、被告は本願発明の具体的な製造を確認した例の記載はないと主張するが、サポート要件が充足されるには、具体的な製造の確認例が発明の詳細な説明に記載されていることまでの必要はない。


第5結論


以上によれば、審決のサポート要件の判断には誤りがあり、原告の主張する取消事由には理由がある。よって、原告の請求を認容することとし、審決を取り消す。
2012年11月12日
エスエス国際特許事務所

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