第1事案の概要
本件特許2137309号が進歩性(29条2項)および明細書の記載要件(36条4項)を満たしていないとして特許無効の審判を請求したが、いずれも満たしているとして請求棄却した審決が、明細書の記載要件(実施可能要件、サポート要件)が満たされていないとして、進歩性を有しているかどうかを判断しないで、取り消された事案である。
すなわち,請求項1の「樹脂配合用」について、吸収剤を実施例で使用されたエチレンービニルアルコール共重合体以外の樹脂一般に適用した場合に、①発明の詳細な説明に接した当業者が、本件作用効果を同等に奏するものとして容易に理解することができないとして実施可能要件を、②発明の詳細な説明に、当業者において本件課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるということはできないとしてサポート要件を、満たしていないとして審決が取り消された事案である。
第2本願発明の要旨
【請求項1】還元性鉄と酸化促進剤とを含有し且つ鉄に対する銅の含有量が150ppm以下及び硫黄の含有量が500ppm以下であることを特徴とする樹脂配合用酸素吸収剤。
第3当事者の主張
1.原告(特許無効審判請求人)
主鎖に結合した水酸基を有しない樹脂(ポリオレフィン等)は,熱分解されにくく,仮に,エチレン-ビニルアルコール共重合体について本件発明が奏する効果が確認されたとしても,他の樹脂についての当該効果は,何ら発明の詳細な説明に記載されていないというべきである。
樹脂の化学反応性及び物理化学的変化が樹脂の化学構造によって著しく相違することは,当業者の技術常識であるから,発明の詳細な説明に,エチレン-ビニルアルコール共重合体(水酸基を有する極めて特殊な化学構造から成る樹脂)のみについて,本件発明が奏する効果が認められた旨の記載があるとしても,当業者が,その他の樹脂一般について,本件発明の効果が同様に奏されるものと予測することは到底できない。
2.被告(特許権者)
本件明細書には,実施例としてエチレン-ビニルアルコール共重合体の場合のみが記載されているものの,他の樹脂で銅及び硫黄による相関が全くないという根拠はないのであるから,他の実施例がないからといって本件発明の効果を奏しない樹脂を包含する点で明細書の記載に不備があるとはいえない。
第4裁判所の判断
1.特許法36条4項(実施可能要件)について
裁判所は、特定の用途(樹脂配合用)に使用される組成物に係る発明において実施可能要件を具備する記載とは何かを述べた上で、以下のように述べて、発明の詳細な説明の記載は、実施可能要件を満たすものと認めることはできないとした。
「実施可能要件を具備する記載とは、酸素吸収剤を適用する樹脂一般について,本件発明が所期する作用効果を奏することを裏付ける程度の記載がされていることを要すると解すべきである。
・・・中略・・・発明の詳細な説明には,当業者において,銅及び硫黄が過大に存在することによる樹脂のゲル化及び分解並びに異味・異臭成分の発生を考える上で,エチレン-ビニルアルコール共重合体とそれ以外の樹脂一般とを同視し得るものと容易に理解することができるような記載は全くない。・・・中略・・・また,当業者が,本件出願当時の技術常識に照らし,エチレン-ビニルアルコール共重合体に適用した場合に本件作用効果を奏する本件発明の酸素吸収剤であれば,これをエチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般に適用しても,本件作用効果を同等に奏するものと容易に理解することができると認めるに足りる証拠はない。・・・中略・・・発明の詳細な説明に接した当業者が,その記載内容から,本件発明の酸素吸収剤をエチレン-ビニルアルコール共重合体以外の樹脂一般に適用した場合に,本件作用効果を同等に奏するものと容易に理解することができると認めることはできない。」
2.特許法36条5項1号(サポート要件)について
裁判所は、以下のように述べて、件特許発明に係る特許請求の範囲の記載が、サポート要件を満たすものと認めることはできないとした。
「特許請求の範囲の記載が特許法36条5項1号に定めるサポート要件に適合するものであるか否かについては,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,発明の詳細な説明に,当業者において,特許請求の範囲に記載された発明の課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるか否か,又は,その程度の記載や示唆がなくても,特許出願時の技術常識に照らし,当業者において,当該課題が解決されるものと認識し得るか否かを検討して判断すべきものと解するのが相当である。・。・・・中略・・・本件発明の酸素吸収剤を適用する樹脂がエチレン-ビニルアルコール共重合体である場合はともかく,その余の樹脂一般である場合についてまで,発明の詳細な説明に,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得る程度の記載ないし示唆があるということはできず,また,本件出願時の技術常識に照らし,当業者において本件課題が解決されるものと認識し得るということもできないといわざるを得ない。」
2009年10月
エスエス国際特許事務所
エスエス国際特許事務所