第1事案の概要
本件特許3183520号が新規性(29条1項)、進歩性(29条2項)、拡大された先願(29条の2)、明細書の記載要件(36条4項)を満たしていないとして特許無効の審判を請求したが、いずれも満たしているとして請求棄却した審決が、明細書の記載要件(実施可能要件)が満たされていないとして、取り消された事案である。
争点は、特許請求の範囲1に記載された「少なくとも0.015%(重量/重量)の水」の意義である。
第2本願発明の要旨
【請求項1】麻酔薬組成物であって,一定量のセボフルラン;及び少なくとも0.015%(重量/重量)の水を含むことを特徴とする,前記麻酔薬組成物。
第3審決の要旨
本件明細書の発明の詳細な説明は,保存条件に応じて含まれる水の量が決められることを当業者に明らかにしているのであるから,下限値として示された「0.015%(重量/重量)」は,あくまでルイス酸による分解を防止できる最小量の目安として示されているのであって,あらゆる条件下においてルイス酸による分解を防止できる量であると解すべきものではない。そうすると,甲9(米国訴訟における被告証拠)で水の量0.0187%のサンプルでセボフルランの分解がみられたとしても,当該サンプルでは単にルイス酸抑制剤である水が0.0187%では不足であったことが推定されるだけであって,このことにより本件各発明が当業者に実施しえないとすることはできない。
第4当事者の主張
1.原告(特許無効審判請求人)
水の量の「本件数値が『最小量の目安』である」との判断について、請求項1ないし4には,本件数値が『最小量の目安』であるとの規定はないなどとして,本件数値が『最小量の目安』であるとの審決の判断は誤りである。
2.被告(特許権者)
本件数値が何ら臨界的意義を有しない「目安」であることは,本件各発明の中核たる技術的思想(本件各発明は,数値限定にのみ特徴があるものではなく,「ルイス酸によるセボフルランの分解という新たな知見を見出し,かかる知見を基礎としつつ,従来不純物として認識されていた水を含ませることによってルイス酸によるセボフルランの分解を抑制すること」を発明の中核たる特徴とする新たな技術的思想に基づくものである。)及び審査過程から明らかであり,また,発明の詳細な説明は,保存状態に応じて,含まれる水の量が決められることを当業者に対し明らかにしているのであるから,審決の上記判断に誤りはない。
第5裁判所の判断
1.旧特許法36条4項(実施可能要件)について
本件発明1のような組成物の発明においては,当業者にとって,当該組成物を構成する各物質名及びその組成割合が示されたとしても,それのみによっては,当該組成物がその所期する作用効果を奏するか否かを予測することが困難であるため,当該組成物を容易に使用することができないから,そのような発明において実施可能要件を満たすためには,発明の詳細な説明に,当該組成物がその所期する作用効果を奏することを裏付ける記載を要するものと解するのが相当である。
2.所期の作用効果を奏するための手段について
本件各発明の所期の作用効果を認定後、その効果を奏する手段を特許請求の範囲および明細書の記載から、「セボフルランを含有する麻酔薬組成物中の水の量を本件数値のものとすることである」と判断した。
3.明細書の記載
裁判所は、以下のように述べて、発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき、当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえないというべきであると判断した。
「発明の詳細な説明には,本件数値(少なくとも150ppm)の水を含ませることにより所期の作用効果を奏したとの直接の記載は一切なく,実験に用いられた水の量のうち本件数値に最も近似する水の量である109ppmの水しか存在しない場合にはセボフルランの分解を抑制することができず,206ppm以上の水が存在する場合にはセボフルランの分解を抑制することができたとの記載(実施例4のうち40℃の場合)があるのみである。
この点に関し,被告らは,109ppmと206ppmの中間値を本件数値として採用した旨主張するが、109ppmと206ppmとの間に,所期の作用効果を奏する数値が存在する蓋然性が高いとはいえるが,それが両者の単純な中間値(157.5ppm)付近の数値であるといえる知見は何ら存在しない。」
4.結論
発明の詳細な説明には,本件各発明の少なくとも各一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるとはいえず,審決の判断は誤りであるから,取消事由5のうち,本件数値の水によっても所期の作用効果を奏するものと当業者が理解し得ない旨をいう部分は,理由がある。
よって,その余の点について判断するまでもなく原告の請求は理由があるから,同請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
2009年10月
エスエス国際特許事務所
エスエス国際特許事務所