IP Case
特許法・実用新案法 関連判決
平成14年(ワ)第6613号

ファモチジン事件

発明の技術的範囲、出願経過の参酌
管轄:
判決日:
事件番号:
平成14年(ワ)第6613号
キーワード:
発明の技術的範囲、出願経過の参酌
1.本件は、「B型のファモチジン」に関する特許権の侵害事件であるが、特許権者が審査過程における意見書中で「純品たるB型ファモチジンは、A型とB型のファモチジンの混合物である引例1~3記載のファモチジンとは相違し、且つそれより有利な効果を奏する化合物であります」と主張した事実が考慮された。その結果A型ファモチジンが少量混在するB型ファモチジンは、本件発明の技術的範囲に属さないと判断された。

2.本件発明の構成

(イ)その融解吸熱最大がDSCで159℃であり、

(ロ)その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103および777cm-1にあり、
(ハ)その融点が159~162℃である
(ニ)ことを特徴とする「B」型のファモチジン

3.争点

イ号製品は、B型ファモチジンと言えるか

原告の主張

「『B』型ファモチジン」は,以下のとおりに理解すべきである。すなわち,公知のファモチジンは,A型の存在比率が多く,IRスペクトル特性において,B型の特性吸収帯の他にA型の特性吸収帯も検出されるものであったのに対して,構成要件エ記載の「『B』型ファモチジン」は,IRスペクトル特性においてA型ファモチジンの特性吸収帯が検出されず,B型ファモチジンの特性吸収帯のみが検出されるという点で,公知のファモチジンと区別される新規な物質である。つまり,A型ファモチジンの混在がIRスペクトル特性(構成要件イ)において検出されるほど多いものが公知のファモチジンであり,A型ファモチジンの混在がDSC吸熱最大(構成要件ア)では検出されるが,IRスペクトル特性(構成要件イ)においては検出されない程度に少ないものは,実質的にB型ファモチジンと同等であり,本件特許出願前には知られていなかった,本件発明に係る「B」型ファモチジンであると理解すべきである。

被告の主張

山之内特許に係る公知のファモチジンは,A型ファモチジンとB型ファモチジンの混合物であった。本件発明は,公知のファモチジンとは異なり,「100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンである」(乙6の1,2)との主張が認められて特許査定されたものである。したがって,本件発明に係る「B」型ファモチジンは,形態学的に均質なファモチジン,すなわち,純度100%の単一のB型結晶ファモチジンを意味する。

被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,山之内特許明細書の実施例2の製法に従って製造された上記公知のファモチジンであり(乙7),A型ファモチジンとB型ファモチジンの混合物であるから,本件発明の技術的範囲に含まれない。

4.裁判所の判断

4-1 特許庁審査官は,平成8年3月26日,本件特許出願に対し,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知を発した。これに対し,本件特許出願人である原告は,同年9月26日,意見書を提出し,本件特許出願は特許査定に至ったが,同意見書には,次の記載がある(乙6の1)。
  1. 「B型ファモチジンの方がA型より強い生物吸収力を有し,従いましてB型の方が有利な効能を発揮し得ることとなります。このことは,本願発明により純品なB型ファモチジンを得ることではじめて見出されたことであります。」(1頁下から4~1行)
  2. 「従いまして,B型ファモチジンはA型に比べ,薬理学的な観点において有利な物理的又は物理化学的な性質を有することがご理解頂けたものと思われます。よって,純品たるB型ファモチジンは,A型とB型のファモチジンの混合物である引例1~3記載のファモチジンとは相違し,且つそれより有利な効果を奏する化合物であります。」(2頁5~9行)
  3. 「よって,B型ファモチジンを純品で得ることは,薬理効能が優れている化合物が得られるという点で有利であるのみならず,薬剤の製造バッチ間差も回避できるという点で有利な効果をも奏します。このようなことは,ファモチジンの混合物についてしか述べていない引例1~3記載の発明から当業者が容易に想到し得るものではありません。」(2頁14~18行)

4-2 本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には「本発明は形態学的に均一なファモチジンの製造方法に関する。」,「本発明の方法の最大の利点は,本方法が100%の形態学的純度を有する異なった型のファモチジンを製造するための容易な,良く制御された技術を与え,及び正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することである。」と記載され,「A型ファモチジン」と「B型ファモチジン」の混合物(多形混合物)と,純粋な「A型ファモチジン」又は「B型ファモチジン」(均質多形体)とを明確に区別していること,拒絶理由通知に対する意見書において,引用例のファモチジンがA型及びB型の混合物であるのに対し,本件発明に係るB型ファモチジンは「純品なB型ファモチジン」であると述べて特許査定に至っていること等の事実経緯に照らすならば,構成要件エの「『B型』のファモチジン」は,形態学的に均一なB型のファモチジン,すなわち100%の形態学的純度を有するB型のファモチジンを指し,形態学的な混合物を含まないものと解するのが相当である。

4-3 証拠(乙8,9,16)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
a被告ら医薬品の原薬ファモチジン(製造記号CB-21のもの)をDSC測定により分析した結果,DSCチャートにおいて,2点の融解吸熱ピークが検出され,同ピークの一つは,「B」型ファモチジンの存在を示す融解吸熱ピークである159.70℃であり,他は,A型ファモチジンの存在を示す融解吸熱ピークである162.05℃であった。
b上記原薬ファモチジン(製造記号CB-21)の粉末X線回折測定をした結果,B型結晶に基づく回折線が確認されるとともに,A型結晶に特有な回折線である回折角が確認された。
c医薬品の原薬ファモチジン(ロットCT-16)のDSC測定の結果,同ファモチジンは,A型とB型の混合型ファモチジンであると認められた。
上記認定の事実によれば,被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,純粋なB型のファモチジンではなく,A型とB型の混合したファモチジンであると認められるから,構成要件エを充足しない。
以上のとおり,被告ら医薬品の原薬ファモチジンは,構成要件エを充足しないから,被告ら医薬品は,本件発明の技術的範囲に属しない。
2003年6月
エスエス国際特許事務所


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